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顧客データの収集分析によって潜在的なニーズを理解し、商品やサービスの開発に生かし新しいマーケットを開拓する。DX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性が言われて久しいが、実装できている企業は少ない。どうやってデータを取得していいかわからない、データはあるが分析も不十分で活かしきれていない――そんな状況が相次いでいる。
DX先進国アメリカの事情も参考に、日本におけるデータ活用のあるべき姿を、株式会社電通クロスブレイン代表取締役の川邊忠利氏(写真左)、同社取締役業務執行担当の佐藤洋行氏(写真右)に聞いた。
DOORS マーケティングの電通とデータ分析のブレインパッドがタッグを組んだ新会社「電通クロスブレイン」(以下、DXB)がスタートしました。電通ご出身の川邊さんは長らくアメリカでデータサイエンスチームのディレクターとしてマーケティング事業をされたご経験がおありということで、まず日本とアメリカにおけるDXの違いという観点からお話を伺えればと思います。
川邊 はい。広告戦略の分野では方向性こそ日本と変わりませんが、データの集め方が違います。どの会社も独自の顧客データを持っていますが、それに情報収集会社(情報ベンダー)が提供するデータを掛け合わせて、消費者をよりよく理解しようとしています。
佐藤 アメリカの情報収集会社というとエクスペリアン社などが有名ですよね。もともとは金融会社に与信情報を提供するためにデータを収集する会社だったと記憶していますが。で、情報ベンダーはどうやって消費者の情報を集めているんですか?
川邊 いろいろなところから搔き集めていますが、1つには消費者が自分のデータを売っているんです。そんなに高値は付きませんが、個人情報に対して日本ほど過敏ではないのでしょうね。一方で「CCPA」(カリフォルニア州プライベート法)のようなルールもあって、消費者はいつでも自分の個人情報がどう使われたかを問い合わせ、回収することもできるシステムになっています。なので(個人情報を)売っているというより、預けてある感覚に近いのかもしれません。
佐藤 なるほど。そうして集めたデータは、どう使われているんでしょう?
川邊 日本と同じように販売戦略を練ったりキャンペーンを打つのに使いますが、レスポンスが違います。企業が顧客をより深く理解することで、顧客が喜ぶサービスが提供され、その結果として企業に固定のファンがつく。そうした理想的なサイクルができつつあると思います。
佐藤 アプローチのチャネルはどうですか? テレビはチャンネル数も日本に比べて圧倒的に多いし、テレビではそれほどリーチ(広告到達率)は取れないでしょう。そうすると、やっぱりデジタルなのでしょうか?
川邊 はい、広告業界のデジタル媒体へのシフトは日本よりも進んでいます。ご存知のようにGoogleとFacecookが二大巨頭ですが、DXという視点だとウォルマートやターゲットといったリアルの小売業の健闘が注目に値します。彼らはポイントカードで消費者データと購買データの両方を持っていますので、それを基盤とした広告戦略を打っていますね。
佐藤 小売業が展開する広告戦略というと、チラシとかカタログとかクーポンなんかを思い浮かべます。それから店頭サイネージとか…。
川邊 チラシやカタログやクーポンは、昔からの延長線上にあります。紙媒体も健在でDMも沢山届きますよ。サイネージ広告は店頭はもちろんですが、街頭に設置されているものも、そこを通る人の属性を分析してリーチを高めるといった取り組みが盛んです。かつ、そうしたプラットフォームを他企業に提供するということもやっています。
佐藤 ということは、デジタル広告のSSP(サプライサイドプラットフォーム)のような、媒体を統合してスポンサーが広告を打ちやすくする仕組みがあるのですね。日本では企業が自社のコンテンツ、たとえば専用アプリを開発したり、LINEの公式アカウントでお客様と繋がろうとしていますが、そうした取り組みはどうですか?
川邊 主流は圧倒的にブラウザベースです。アメリカにLINEに匹敵する(広告配信に使える)エコシステムがないこともあるのでしょうが、広告到達率を考えるとブラウザの方が伸びやすいみたいなんです。なので、ますますGoogleの寡占が進む状況があります。
佐藤 しかし、それだと「サードパーティのCookieが使えなくなる問題」で大変なことになるんじゃないですか!? Macのブラウザ「Safari」では既にほとんどのサードパーティCookieがブロックされていますし、GoogleのChromeでも2022年までに段階的に廃止することが決まっています。広告のビジネスモデルが根底から揺らいでしまうことになるのでは?
川邊 確かに大問題ですが、個別企業にはどうすることもできません。そこはファーストパティCookieのデータをしっかり蓄積していくこと、それに顧客から得たメールアドレスを紐づけて、ファーストパーティCookieベースでパブリッシャーと連携して精度の高い広告を当てていこうというチャレンジが始まっています。
DOORS サードパーティのCookie問題について、もう少し説明をお願いします。日本の企業やユーザーにも関係してくるところだと思いますので。
佐藤 はい。ブラウザでHPを閲覧するとCookieという足跡が残ります。その足跡はHPの運営者が見ることができる。これがファーストパーティCookieです。利用者がいろんなサイトを訪れるとそれぞれにCookieが残りますが、これまではこのCookieを第三者(サードパーティ)が利用できたんです。つまりA社に残る足跡とB社に残る足跡は、同じ人物のものですよというのが紐づけられた。そうすることで利用者の趣味趣向や消費動向が把握して広告配信などに生かしていたのですが、それができなくなるんです。
川邊 広告戦略をブラウザに依拠しているアメリカでも問題になっていますが、そこはファーストパーティCookieとメールアドレスなど自社の持つ顧客情報を組み合わせて、広告の精度を高めていこうというチャレンジを始めています。もう1つは、真正面からコンテンツにマッチした広告を出すということですよね。このサイトを訪れるならこういうニーズがあるだろうというような…。いかに正しく顧客を理解して、正しい広告を当てるかということで、いろんな試みがなされています。
佐藤 そういう意味では日本の方が消費者と直接つながることのできるインフラは進んでいるのかもしれませんよね。とはいえ、とりあえずアプリは作ったけれどもどう活用していいかわからない、どんなデータが取れるのか、取れても有効に使えていないというケースが多いのが実情なのですが…。
川邊 日本は完璧を求め過ぎて進めないところがありませんか? 世に出す以上は過不足ないものでなければならないという意識が強すぎるきらいがあると思います。アメリカはトライ・アンド・エラーを重ねて完成度を高めていくカルチャーがあります。とりあえずベータ版でリリースして、使ってもらうことでデータを集め、それを反映させながら精度と幅を広げていくやり方。だからどのフェーズでも積極的にデータを取りに行くんです。
佐藤 それはあるかもしれませんね。マーケティング担当者がデータを取るにしても、それがどういう成果に結び付くのかが、明確になっていないと上司を説得できない。その通りにいかなかった場合は失敗と判断されるので、どうしても及び腰になる。マーケティング担当者の仕事もネット戦略だけではないので、そこまで前のめりになる理由もない。結果、ネット戦略がなかなか進まないという。
川邊 日本にはLINEのような独自のエコシステムがあったり、アメリカでは情報ベンダーという個人情報の流通経路があるにせよ、テクノロジーやチャネルにおいて日本とアメリカでできることにそう大きな違いはないだろうと思っています。
DOORS 「顧客理解」というのは属性や行動からニーズを探って、いかに買ってくれそうな人に買ってくれそうなタイミングで提案するといったことですか?
佐藤 それはまだ企業目線に過ぎるというか「単にモノを買って欲しいだけ」という感じがしますね。私たちが理想とする「顧客理解」はもっと深いところにあって、例えば「この人はなんでモノを買ってくれるのか」「この人にとってこの商品はどんな価値を持つのか」まで掘り下げて考えるのが重要だと思っています。で、「その人に価値を感じてもらうためにはどうしたらいいか」を考えなきゃいけない。
川邊 企業が自社の持つ顧客データだけでなく、情報ベンダーが搔き集めた一般消費者のデータを掛け合わせて顧客を分析しているのには、そうした狙いがあります。
佐藤 世界的なマーケティング戦略で大成功を収めている好事例に、ナイキの取り組みがあります。例えばナイキはスポーツ競技を盛り上げるのに熱心です。大会を主催したり、競技者やファンが集えるコミュニティを作ったり、競技情報を発信したり—。そうして競技を育てるからこそ需要が生まれるわけですし、その企業のファンになってくれる人が増える。それが真の「顧客理解」であると思うのです。
川邊 裏ではものすごいシステムを構築していたりもするのだけれど、決してテクノロジーありきじゃない。起点は価値の提供であり、それを実現するためのインフラであるという。
佐藤 顧客理解とはつまるところ「対話」なんですよね。こちらから何らかのアクションをする前のマーケティングは「想像」でしかありません。何らかの話題を振ってみて、その人の興味や関心のありかを探っていく。ある話題に興味を示してくれたらその話題を掘り下げていき、盛り上がらなければ別の話題に切り替える。そうした対話を繰り返すことで、その人に対する理解が深まっていきます。データを取りましたというだけではだめで、それを使ってどんどん投げ掛けをしていかないといけません。
川邊 データが大きくなって油断しているところがあるのかもしれませんね。データを取っておけば何とかなるだろうと。その結果、ややもすると「とりあえずA/Bテストをやって良かった方を選ぶ」みたいことで終わってしまっている。でもその結果には理由があって、それをちゃんと考えないと、次に繋がっていかない。新しい顧客を開拓していけないと思います。
佐藤 日本の企業はそこのところで「やりきれていない」感じがして、非常にもったいないんです。やはりカギとなるのは「人材」でしょうか?
川邊 先日スイスのIMD(国際経営開発研究所)という研究機関が出した、非常に興味深いレポートを見ました。国別のデジタルリテラシーに対する評価なのですが、日本はインフラの充実度ではかなり上位にあるのですが、情報知識の共有や活用ではめちゃくちゃランキングが低いんです。ですから「しっかりデータを分析して事業に生かせる人材を育成していく」というのが、日本の今後の課題なのだろうと思います。
後編へつづく
DXがもたらす真の顧客理解とは データ分析とマーケティングで描く成長戦略【後編】
川邊忠利
株式会社電通クロスブレイン
代表取締役
東京大学工学修士、MIT MBA。約10年間、データ分析を基にコミュニケーション戦略/施策の立案、PDCAサイクルの推進、マーケティングツールの運用、データ取得・可視化環境の構築などを行う。その後、電通グループ企画部門で組織改革やM&Aなどプロジェクト参画後、2020年8月まで米国Merkle社に出向。Data Scienceチームのディレクターとして、PIIを活用した広告/メール施策の立案、効果検証などに従事。
佐藤洋行
株式会社電通クロスブレイン
取締役業務執行担当
九州大学院修了(農学博士)。大学院でリモートセンシング画像解析を研究。2008年ブレインパッド入社。2014~17年、Qubitalデータサイエンス取締役(兼任)。プロジェクトマネージャー、データサイエンティストとして幅広いプロジェクトに携わる。2016~19年多摩大学経営学部経営情報学科准教授兼任、後に客員教授。現在はビジネス統括本部クロスブレイン推進部長兼株式会社電通クロスブレイン取締役執行役員担当。著書『データサイエンティスト養成読本』(共著、技術評論社)、『AI時代の意思決定とデータサイエンス』(単著、多摩大学出版会)。
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DXがもたらす真の顧客理解とは~データ分析とマーケティングで描く成長戦略~【後編】
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