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昨今のビジネスシーンで見かけることが増えた「パーパス(Purpose)」。デジタル環境が日々進歩し続ける現代において、進むべき指針を見失いがちなビジネスパーソンも多くいるのではないでしょうか。
そこで今回は、「パーパス」を志と表現し、企業の原点として普遍的なスタンスを基軸におく『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』を著した経営学者の名和高司先生に、<パーパス経営とDX~フィルターバブルから見出すトランスフォーメーションの鍵~>というテーマでお話を伺いました。
――これまで資本主義社会における風潮として「競争に勝つことがすべて」といった価値観が支配的でした。名和先生は、新SDGsという概念を提唱されていますが、なぜ近年の潮流として、社会貢献や環境配慮といったことが企業にとっての方便ではなく、真剣に取り組むべき課題として表面化してきたのでしょうか?
名和高司(以下、名和氏) この原因を考える切り口として、大きくふたつの変化があります。ひとつは社会的観点で「新SDGs」が関わってくるのですが、これは「Sustainability」「Digital」「Globals」の単語から成り立つ造語です。これら「新SDGs」は一見バラバラに見えますが、3つにまたがり貫く中心軸としての「パーパス(志)」が必要となってくるということが、顕在化したからではないでしょうか。
――「新SDGs」を構成する3つの要素について、もう少し詳しく教えてください。
名和氏 まずは通常のSDGsと同じである「Sustainability(サステナビリティ)」は、地球環境や取り巻く社会を保たせるということですが、これはみなさんの意識のなかにも根付きつつある概念かと思います。
次に今回のテーマでもある「Digital(デジタル)」は、うまく使えば大きなパワーになる、使い方を間違えれば凶器にもなる、そんな新しいツールとして身近になりました。
そしてglobalを複数形にした「Globals(グローバルス)」ですが、これは新型コロナウイルスを筆頭とした、国を超えたさまざまな課題により可視化された世界中の分断を、もう一度つなぎ直さななければいけないという意味も含まれます。モノだけではなく、感情的な部分でもどうやって世界とつながっていくのかが、改めて問われているのだと思いますね。
――では、もうひとつの切り口とは、どのようなものになりますか?
名和氏 「経営的観点」になります。現代では3つの市場の変化に直面していることにより、オールドエコノミーの市場優位主義や金融資本の競争原理の世界観が弱体化してきたということができます。
具体的に言うと、まずは顧客市場における「ライフシフト」。これは特にBtoCの場合は100年人生とも言われる時代に、顧客の問題意識がサステナビリティや、自身のウェルビーイングに向かっており、ワークとライフをどのように設計していくか、ということが改めて問われています。
次に人財市場における「ワークシフト」。これは就業者において、就社するのではなく自分でキャリアを選んでいくように市場も変化しているため、企業としても選ばれなければいけないという傾向があります。特に新しく人財市場に入ってくるZ世代、ミレニアル世代の人たちは「儲かればいい」「競争に勝てればいい」「自分だけがよければいい」という価値観ではないですから、これまでのやり方では通用しなくなってきましたね。
そして金融市場における「マネーシフト」。まさにESG投資への流れが代表的ですが、特に機関投資家は長期的にその会社がサスティナブルであるかどうかに注視しています。単に瞬間風速的に「競争に勝てる会社」「儲かっている会社」ということだけでは、その状況が長期的に保証されないだろう、ということですね。
これら3つの市場の変化があったため、20世紀的な勝ちパターンでは立ち行かなくなってきたことが競争原理の世界観を弱体化させた背景にあります。
そしてこの経営的観点と、社会的観点の「新SDGs」の変化と合わせた大きな潮流が、社会貢献や環境配慮を経営課題の中心へと引き込んだ大きな要因だと捉えることができるのです。
――マーケットがそのような質的変化を示すなか、生活面ではデータが我々の生活にとってより身近なものになってきました。ビッグデータによって個人の嗜好性がレコメンドされていくことは、個人がより線形的に統計処理され、確率的に規定されていく側面もあるかと思います。このようなデータ信仰の風潮に対して、個人の没人格化・没主体化がより一層進むという懸念は考えられないでしょうか?
名和氏 何もしないで受け身でいれば、そうなりますよね。まさに、「フィルターバブル」と呼ばれるように、自分が情報に接しているようでいてかなり選択された情報にしか接していない、自分がバブルの中に閉じ込められたような状況になってしまいます。アメリカの俗語で、だらだらと時間を過ごす人のことを揶揄した「カウチポテト」のように、何もしないで受け身でいると、デジタルの提供するものだけで動く状況にもなりかねないとは思います。
ただ、それは今に始まった話ではないですよね。メディアに流されて情報操作されてきた歴史もありますし、自ら選択して情報を取りにいこうとするのはごく一部の能動的な人たちしかいない。
とはいえ、多くの人は自分で選択することが重荷でしかたがないわけです。だからこそ何かに頼りたい、自分が信頼できるものに頼りたいという気持ちは当然あって、そこに対して懐疑的になる人は少数派でしょう。
――ドイツ国民がかつてナチズムに傾倒していった時代を考察したエーリム・フロムの著書『自由からの逃走』にも書かれているように、自らの意思で物事を選択しないという生き方は、以前からもありました。これは人間の性なのでしょうか?
名和氏 奴隷でいることのほうが、自由人でいることよりも楽なことが多いですからね。自由人は、あらゆることを自分で選択しなければならないですし、それがナチズムという形で現れたのが極端な例ですけれども。こうした奴隷制を心地よいと思っているのが、幸福主義者や快楽主義者なのだと思います。
ちょうどその時期は、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間で、それこそファシズムが現れた頃です。なぜあれが起こったかというところにも、大衆心理が深く関わってきます。そのあとはメディア論やポピュリズム、行動経済学でも見られるように、みんなが情報操作されて行動しているのです。政治や経済は一皮むけるとこういった剥き出しの群集心理に集約されることが多いですね。
――過去のオールドエコノミーの世界観と、現代のように企業が環境的な配慮や「パーパス」を掲げる世界観を比較すると、プレイヤーである多数の生活者はより選択肢が多くなったようにも思います。トレンドにあえて乗ってきた側面もある一方で、よりインテリジェンスな感度も高くなっているということでしょうか?
名和氏 マズローの心理学的に言うと、普通の欲望の世界からもう少し利他的な世界に意識は広がっているということは事実だと思います。ミレニアム世代・Z世代からすると、「自分さえよければいい。利己的な世界はカッコよくない」となっているわけですから。彼ら以外の世代にとっても、違う選択肢や価値観に配慮しなければいけないという人が増えてきました。
とはいえ、そういった人たちも流行には乗っているわけですし、それをインテリジェントと呼ぶかは怪しげですが。突き詰められているかという点では別の話だと思います。
――ビッグデータによるデータ活用という宣伝文句の背後には、企業が未来を創っていくうえで「ほかの可能性」を見えなくさせる側面はあるのでしょうか?
名和氏 そもそもデータというものはあくまで過去のものですし、それを組み合わせて未来をシミュレートすることはできても、非連続な未来は描けないと思っています。そしてビッグデータのプロは、この盲点をよくわかっているはずです。
とはいえ、ディープラーニングではなく、トランスファー・ラーニングやラテラルシンキングのアルゴリズムが進化すれば、また新たな可能性は開けるのではないでしょうか。未来が予測通りに動くか、それを出発点に異質な未来に向かうかということが、人間的な判断力の価値として今後もますます重要になってくると思いますね。
――なるほど。では、企業がデータを利活用する流れのなかで、ビッグデータによって個人の嗜好性がレコメンドされる便利さも生まれてきましたが、これは多くの生活者にとってリアルな体験質としての「セレンディピティ」(偶然の出会いや発見)が遠のく一面もあるのでしょうか?
名和氏 あると思いますね。これはビッグデータに限らず、そもそもマーケティングというものは「その気にさせる」情報操作ですから。これはデジタルの罪というよりも、データがあるために「自分自身でハンドルできなくなっているところをあなたのためにしてあげます」というツールがいかにも便利に見えますし、多くの人々はきっと利用するでしょう。
とはいえ生活者はもうわかっていますし、そのレコメンドだけを鵜呑みにして購入することはないと思いますが、もし仮に自分のためのエージェントができた場合、自分の嗜好性を中立的に見てくれたとしても、そうするとまた自分の「フィルターバブル」に入ってしまいます。そうして自分を中心とした殻がぶ厚くなってしまうとそこから出られなくなってしまうため、結果的にやはり「セレンディピティ」は遠のくのではないでしょうか。
――昨今のDXやビッグデータ活用に関して、ビジネスシーンでもさまざまなバズワードが生まれては消えてを繰り返しています。「SDGs」や「DX」といったひとつの流行に乗るという風潮もあると思いますが、このようなビジネスシーンでのポジションや表層的な知的優位に対してはどのように感じられますか?
名和氏 たとえば、「鳥の目」「虫の目」「魚の目」という表現があります。「鳥の目」は遠くを見ている、「虫の目」は近くで足元を見ている、実にシンプルです。ただ、「魚の目」というものが一番危ない。「魚の目」とは川の流れを見ていることを指すのですが、これを「川の流れを見て流れに乗るのだ」と勘違いしている人たちが多くいます。それはまさに「一見イケている生活を送っている、イケていない人たち」のことを指していると思いますね。
本来の意味では、川の流れに魚は泳いでいません。川の流れの反対を泳がなければ、どんどん流されてしまいますし、自分のポジションを守るために、もっと上流に行くために流れの反対を泳いでいくのです。
「SDGs」や「DX」に流されている人たちというのも、魚の目の流れに乗っているだけに思えます。
――データ活用先進国のトレンドに合わせるだけでなく、ひとつの単語や記号の流行に対して自身で判断を下すには、自分のなかの強い意志、それこそ「パーパス」が必要だと感じましたが、それはどのような判断軸で行えるものなのでしょうか。
名和氏 著書でも書きましたが、それは「主観正義」しかないですね。外に頼っていてもどうしようもないですし、自分の道徳観なのか価値観なのか人生観なのか、「自分はどうしたいのか?」という軸を持たない限りは流されてしまいます。
私は「共通善」という言葉が嫌いなのですが、「共通善」なんて世の中にはないと考えています。最近の民主主義を押し付ける風潮もよくないと思っていまして、それは欧米的な偏狭な民主主義を押し付けているだけ。これで世の中が一色に染まるような、そういった全体主義は私はやってはいけないと思うのです。
民主主義はそれぞれの民、一人ひとりの価値観に基づくものですから、押し付けはよくない。だからこそ自分で考える必要がありますし、己自身で試行錯誤しながらも探すことが大事ですよね。
――なるほど。「主観正義」は自分自身で内省して価値判断を下す必要があるということですね。まさにそのためにはフィルターバブルに相対する「セレンディピティ(偶然の産物)」がすごく大切なことだと思いました。日常的にある予期せぬ偶然の出会いや発見は、Web上の便利な情報を得る機会よりも強烈な体験知として心のなかに深く残るかと思います。そのような体験を日常的に繰り返すことによって、反対の流れにいく力学が自分のなかで育まれるのでしょうか?
名和氏 その通りですね。「セレンディピティ」は待っていてもなかなかやってこないですから、自分で求めていかなければいけないのです。
私はよくノマド的な人生観やスタイルを非常に重視していて、自分がひとつの場所に定着していると、よく見たときに自分の行動が固まっていると感じたときが、次の旅に出るチャンスだと思っています。
それが引き金になって、自分の関心が集中していることを反省して、これまで向けていなかった方向や、関心のなかったことに関心を持つということをあえてやらないと、たまにふとした瞬間に訪れる「セレンディピティ」は二度と顔を出さないかもしれない。こうして、フィルターバブルから脱出していく努力を自らに課さなければいけないですよね。
――「セレンディピティ」と「リベラルアーツ(知的好奇心)」を持つことが内的動機となって、「フィルターバブル」の外に出るヒントになりそうですね。ただ現代では、働く人たちのなかで内的な動機付けや知的関心が抑制されている、または著しく弱まっているようにも感じますがどうお考えでしょうか?
名和氏 ひと昔前の「24時間働けますか?」と言われていた時代と比較すると、現代はかなり時間の自由度が出てきています。働きすぎてはいけないという法的な労働ルールも整い、本来ならそれもひとつの機会になるはずです。ただ、その仕事後の時間の使い方をどうするか、という話だと思うんですね。
かつての「カウチポテト」、今で言う「フィルターバブル」に心地よくはまるというのも、ひとつの人生観だと思います。それでハッピーな人やその他大勢的な生き方を良しとするならば、それはしかたがないですよね。
そうではなくて「自分の新たな可能性を発見したい」「自分をもっと磨きたい」「周りの人に働きかけたい」という想いを実現したいなら、その機会はだいぶ増えています。時間の空白を仕事で埋める時代からもはや変わっているのに、そこをデジタル世界の娯楽で埋めているのだとすれば、すごくもったいないことです。
もちろんデジタルも使い方次第ですし、新しいコミュニティに加入したり、違う形のコンテンツに触れたりすることは、自分から探しにいくことでいくらでもできます。それこそ選択肢がありすぎるくらいで、そこで選択をやめてしまうのは私にしてみれば非人間的な生き方に思えますね。
インタビュアー:丹野元気
ライター:三宅瑶
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