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ロッテの「コミュニケーション最適化」の取り組みと「拡張分析」との出会い

公開日
2023.03.16
更新日
2024.08.08

なたはガムを買うときに確固たる意志をもって購入しているだろうか。必ず同じ銘柄を買う人もいるが、多くの人はその時のムードで決めているのではないだろうか。そう考えると食品や消費財のマーケティングの難しさが想像できるだろう。「正解」はないが、闇雲に売るだけではシェアを失うかもしれない。このようなビジネスにおいてどのようにデータが活用できるのだろうか。

ロッテが取り組む「コミュニケーション最適化」について、またそうした戦略実行において一つの重要ツールとなっている「拡張分析」との出会いや活用について、デジタル戦略実行の先端を担う酒井喬亮氏に、プロダクト本部長の東一成とマーケティング本部の小堺秀真が話を伺った。

 

■登壇者

  • 株式会社ロッテ
    マーケティング本部
    EC戦略部 事業推進課 課長 酒井 喬亮氏

※取材当時:コミュニケーション戦略課

  • 株式会社ブレインパッド
    プロダクトビジネス本部長 東 一成
  • 株式会社ブレインパッド
    マーケティング本部 小堺 秀真

※登壇者の所属部署・役職は取材当時のものです。
※掲載されている製品・サービスは記事作成時点の情報です。

本記事の登場人物
  • マーケター
    小堺 秀真
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    XaaSユニット
    役職
    マネジャー
    TV番組制作会社に新卒入社。放送作家、取材作家として複数の番組を担当後、IT業界に可能性を感じ、転身。株式会社サイバードでモバイルコンテンツ事業を、楽天グループ株式会社で楽天市場事業、編成部、コンテンツ事業にて デジタルマーケ、コンテンツ開発、CRM、経営企画を約8年間担当。その後、JCOM株式会社にて事業企画、新規事業開発、ゆこゆこホールディングス株式会社ではマーケティング責任者として、800万会員向けマーケティング戦略実行を担当。2022年7月よりブレインパッドにジョイン。

ロッテが取り組む「コミュニケーション最適化」とは?

株式会社ブレインパッド・東 一成(以下、東) 最初に、ロッテ様が取り組んでいる「コミュニケーション最適化」についてお尋ねしたいと思います。コミュニケーションと言うからには、当然相手があります。これは誰とのコミュニケーションなのでしょうか。

株式会社ロッテ・酒井喬亮 氏(以下、酒井氏) 消費者です。消費者とのコミュニケーションを最適化することで広告の最適化を図るのを目的とする取り組みになります。

上司からは、「マーケティング施策の効果が見えるダッシュボードを作ってほしい」という指示のみ受けました。単なる「見える化」だけではない取り組みとして始めたのです。

 その際にどのような課題感があったのでしょうか。

酒井氏 消費財メーカーにとっての永遠の課題は、広告効果が見えにくいことです。ただ課題であり続けているのは、自分たちで考えないからではないか、正解は出ないかもしれないが、自ら取り組むことで自分なりの答えは出るのではないかと思いました。

株式会社ロッテ
マーケティング本部
EC戦略部 事業推進課 課長 酒井 喬亮氏

 それで自分たちでデータを見られるような仕組みをまず作ろうとなったわけですね。

酒井氏 はい。簡単に言うと、PDCAを回し続けられる仕組みを作ろうと考えました。実は私も、どうすれば広告効果を見える化できるか、かなり勉強をしたのです。その上で正解は見つからないだろうと考えた理由は、大きく2つあります。1つは、変数が多すぎるということ。もう1つは、変数自体とその評価方法が時代によって変わっていくことです。そうであればやってみて結果を見て修正していくこと、すなわちPDCAを回し続けて「最適化」を図っていくしかありません。

 正解が見つからないと分かっている中で計画(P)を立てても、実行していくうちに変わっていくとよく言われます。それで計画を立てるのがいやになる人もいますから。

酒井氏 私自身はPDCAを回し続けるのが苦になりません。しかしおっしゃるように計画を修正していくのが面倒と感じる人もいます。そんな人でも簡単に計画を修正し、PDCAを回し続ける仕組みを作りたかったということです。

 コミュニケーション最適化に取り組むにあたって、どのようなことに留意されたのでしょう。

酒井氏 まず、KGI(Key Goal Indicator、重要目的達成指標)とKPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)の関係性を自分たちなりに明確にツリーとして構造化しました。

ここで重要なことは、KGIとKPIを混同しないことです。売上、利益といった経営上の数値目標はKGIと呼ばれるべきものですが、日本ではKPIと呼ぶことも多いようです。しかし本当は、KPIとはKGIを達成するためのモニタリング指標です。KGIとKPIを混同することで、コントロールが利かない売上や利益をコントロールしようとして失敗することが多いのです。営業マンにいきなり売上を上げろとKGIで言っても達成は困難ですが、訪問件数を増やせ、商談化率を高めろとKPIで言えば達成しやすくなります。KGIとKPIをしっかり区別することで、実際の行動に移しやすくなります。ただしKPIの項目や目標設定は過去の結果から逆算して設計する必要があるため、私が作成したKPIツリーは『仮の』という表現をしています。

 ゴールが何か・どうなればゴールしたと言えるかを明確にすることは重要です。多くの人が、AIを導入すればゴールも示してくれると勘違いしています。それではカーナビに目的地を入れずに運転するのと同じで、迷走してしまいます。

とはいえゴール(KGI)やそれに至る筋道(KPI)を明確にするといっても、指標が多ければいいというものでもないはずです。質の良い指標を選ぶ必要があると思うのですが。

酒井氏 質のよい指標を選ぶためには、定性データをどう分析するかしっかり考えることが重要です。そもそも施策設計の段階で指標の質が高くなるように考えておくべきです。質が低くなる理由は、目的とずれてしまうからでしょう。目的に合わせて選ぶようにすれば、指標の質をある程度担保できると考えます。

 ゴール(KGI)の定義と取り組むべき事柄(KPI)の整理をしっかりされてから取り組みを開始したということでしたが、実際にはその部分にあまり時間をかけずに始めてしまう会社も多いです。

酒井氏 (上司に言われたことをそのまま受け取って)単にダッシュボードを導入するだけなら簡単でした。ツールをセットアップして、データを入れるだけのことです。しかしゴールを明確にしなければ、ただデータを見るだけのツールとなってしまいます。それではまったく意味がない。そもそもどのデータを見ればいいのかもわかりません。だからゴールとKPIの整理にはこだわりました。

 とはいえKGI、KPIを決めるといってもなかなか難しい作業です。

酒井氏 KGIは財務指標のちょっと下ぐらい(事業売上を最終ゴールとすれば、ブランド単位の売上)に設定し、それに直接影響を及ぼす指標を統合KPI、それを構成するKPIを個別KPIといった階層化したツリーを作りました。当初はたぶんできるだろうと考えて、勉強しながら始めました。ところが実際には難しく、スッキリした答えがなかなか見つかりません。これは自分たちなりに現時点でベストと思われるものを作るしかないなと思いました。その際に「私の意見は要らない。まずは」と開き直り、第1版がようやくできあがったのでした。これは「仮のKPIツリー」で、あとはやりながら修正していけばいいという方針です。

 「自分なりの仮のKPIツリー」ということですが、これは他社では援用できないものなのでしょうか。

酒井氏 「たたき台」として作ったので、他社でも使えるようなら使っていいと思います。自社用にアレンジして、使いながら改善していけばいいのです。

 ダッシュボード導入にあたって気をつけたことはありましたか。

酒井氏 「便利ツール」にならないように心がけました。ダッシュボードと言うと、たとえば売上に対してPOSデータ、テレビ広告、SNSでのコメントなどを並べて比較するような画面を作ります。しかし目的はコミュニケーションの最適化でしたから、「施策によるユーザーの行動の変化」に特化したものを目指しました。

株式会社ブレインパッド・小堺秀真(以下、小堺) 今、「ユーザーの行動変化に特化した」という話がでましたが、そのように考えるようになったきっかけは何だったのでしょうか。

酒井氏 ユーザーに「どうしてそれを買ったのですか?」と聞いても、おそらく「買いたかったから」ぐらいの答えしか出てこないと思ったからです。そこで行動の変化に着目すれば、ユーザーの隠れた心理も推察できるのではないかと考えました。

小堺 「仮のKPIツリー」の統合KPIを見ると、「メンタル指標」と「フィジカル指標」の2つとなっています。フィジカル指標は店舗での採用度や露出度といった売上に直結した指標となっています。一方でメンタル指標はSNSでのブランドに関する会話量やCEP(カテゴリーエントリーポイント、ブランドの浸透度を示す指標の1つ)などになっています。メンタル指標と売上の関係が本当に見たいところだということでしょうか。

酒井氏 はい。普通に考えて、心理的な変容があって、それが行動に影響を及ぼすわけです。ユーザーの心理を変えないと買ってはもらえない。ただ心理的な変容と言ってもそこは見えないので、正解がないということになります。それを「メンタル指標」として抽出して、それと売上に相関があるのなら、メンタル指標をコントロールすることで、顧客の行動変容につなげられると考えたのです。

小堺 なぜ「KPIツリー」という発想になったのでしょうか。

酒井氏 シンプルに考えただけです。自分が購入者ならどうするかを買うまでにどういうステップがあるのかを考えてみました。そうするとどうも今まで追いかけてきた指標では違う気がする。それで心理が行動につながるというあたりまえの考えに行き着いたのです。

ゴールを決めて、実現手段を逆算していったら自然にKPIツリーの形になりました。その際には、どうやって商品をユーザーに届ければ喜んでもらえるのかを第一に考えました。普通のことをやっているだけだと思います。

小堺 その「普通のことをやる」のがとても大変だと思います。

酒井氏 そうですね。アウトプットが出てこない、たとえば会議で意見が出ないといったときは、圧倒的にインプットが足りていないことが多いのです。だから普通のことをやるためにはインプットが大切だと思います。デジタル企画部門に異動した当時は帰宅しても、土日でも勉強していました。自分の知識が正しいか確かめるために展示会に行って、ベンダーと会話しまくっていました。あとは実際にサービスを導入したり、自分たちで開発したりすることで確かめてきたのです。

「売上・客数予測による販促計画策定」など5つの成功事例を収録。

❝たまたま行き着いた❞、デジタルマーケティングの世界

小堺 ここまでお話を伺ってきて、このような考えに至った酒井様自身のバックボーンが気になりました。

酒井氏 私は九州で営業として配属、その後東京本社の営業企画部門に異動しました。本社に来てまず感じたことは、私より優秀な人がいくらでもいるということでした。当時の私は視野が狭かったので、自分など必要ないのではと落ち込むこともありました。しかし、そういう環境で会社を成長させるために自分に何ができるのか、どうしたら会社にとって必要な人間になれるのかを真剣に考えたのです。そのためには将来会社にとって必要かつ誰もやっていないことをやればいいのだと気づき、それがたまたまデジタルマーケティングだったのでした。そこからデジタルについて少しずつ勉強を始めて、今に至っています。

小堺 私もテレビ業界から、モバイルコンテンツという当時はまだまだパイが小さかった業界に飛び込んだ経験があります。最初は小さな仕事ばかりで自分の選択は本当に正しかったのかと悩むことも多かったのですが、自分で可能性を信じてそう決めたのだからやれるところまでやってみようと思いました。それで酒井様に勝手にシンパシーを感じているのでお聞きしたいなと。先読みして飛び込んだ酒井様がどうやってモチベーションを維持されているのか、またどうしたら周りを巻き込んでミッションを推進できるのでしょうか。

株式会社ブレインパッド
マーケティング本部
小堺 秀真

酒井氏 推進に関してはいつでも課題だらけです。ただ「あるべき姿」を見出して、それに向けて実行していく癖がついているので乗り切れているのだと思います。支店にいた頃は、具体的な指示が落ちてくるのを待っているだけでした。それが本社に来たら、ざっくりとした課題しか落ちてこないのです。本社が解決すべき課題については、本社も答えを持っていないからです。それを考えるのが本社の仕事そのものだからです。それで自分なりにこの会社を成長させるためにはどうしたらいいか、それを実行に移すにはどうしたらいいかを考える癖がつきました。

それとロッテという会社は、本気でチャレンジしたいと手を挙げれば実行させてくれるというのも大きいです。


拡張分析ツール「BrainPad VizTact」との出会い

 実際に「コミュニケーション最適化」に取り組んで、見えたことはありましたか。

酒井氏 メンタル指標の1つとしてテレビCMの注視率を取っています。これにはテレビにカメラが取り付けてあり、実際に見ていないと見たと判定されないシビアな視聴率です。そのデータをたとえば「CMの冒頭に音を入れると注視率が上がる」ということなども数字として見えました。あたりまえのことかもしれませんが、今までその当たり前のことを証明する手立てがなかったのです。仮説が証明されたということで、これは大きな前進です。

逆に長年これは効果があると続けてきた施策が、SNSデータを見たら全然効果がないと証明されたケースもあります。実は本当に効果があるのか疑っていた人が多かったのですが、誰も言い出せなかったのです。みんなが薄々感づいていたことがデータからはっきりわかったということです。
ブレインパッドの「VizTact」の導入で、このような関係性をどんどん証明して、蓄積、体系化していくことが理想だと考えています。

 VizTactは「拡張分析」というカテゴリーに括られています。このカテゴリーはまだまだ普及していないこともあって、AI、BI、様々なツールがあるのですが、どれも同じようなものだろうと考えられているようです。その中からロッテ様がVizTactを選んだ理由を教えてください。

酒井氏 このようなツールを元々欲しいと思っていたのです。コミュニケーション最適化というとAIが複数の施策と売上の相関を調べてくれて、アロケーションをこう変えるといいといった示唆をしてくれるツールが多いイメージです。しかし私はその示唆を採用するのに抵抗があります。ブラックボックスだからです。「どうしてそうすればいいのかはわかりませんが、AIがそう言っているので採用しました」では無責任だと感じます。

その点、VizTactはツールと対話しながら分析を掘り下げていけるので、ブラックボックスにはなりません。私たちがやりたいことだけができることが導入の決め手でした。

実際に導入を決めた部下からは、以下の理由で採用したと聞いています。

  • 一般ユーザーでも分析がしやすい
  • KPIに影響を与えている傾向やルールを短時間に導ける
  • 分析結果がビジュアルでわかりやすい

 ブラックボックス化せず対話しながら分析できることが、ロッテ様にとっては逆に良かったということですか。

酒井氏 はい。本当にずっとVizTactのようなツールを探していて、やっと見つけたと思いました。

 機械学習モデルを活用したツールも扱っているのですが、なぜそのような分析結果になったのか聞かれることが多いです。その際にはアルゴリズムの説明をすることになるのですが、それでは余計混乱させることになりがちです。しかしなぜか日本では統計に関する信仰があって、統計的な説明が求められ、それに納得するまで次に進まなかったりします。これが海外だと統計的根拠よりも、このツールを使って実際に売上が上がるなら、早く使ってどんどん収益を上げたいという会社が多いように感じます。

株式会社ブレインパッド
プロダクトビジネス本部長
東 一成

酒井氏 統計もツールに過ぎないという割り切りが必要と感じます。私たちも統計分析にこだわっていたらKPIツリーという発想にはなりませんでした。大元の理念があって、それをどう実現するかという目的志向であれば、統計にこだわる必要はありません。

 VizTactを使って具体的にどのような分析を行っているのでしょうか。あるいは見つかった仮説はありますか。

酒井氏 具体的なことは機密情報に当たるので、残念ながら言えません。ただ先ほども言いましたように、「今まで漠然とそう感じていたことがその通りだとわかった」という効果は出ています。

 VizTactでこんなデータも分析したいという要望はありますか。

酒井氏 将来的には店舗の写真データを使って、棚の写真から棚割に落とし込んで、売上への影響が見られればと思っています。技術的な制約や店舗ごとに写真の品質も違うので、今は画像解析ではできていませんが、写真のディスクリプションやインデックスを使っての分析は少しづつ始めています。

 大きく言えば、構造化データの活用に加えて、画像等の非構造化データを本格活用していきたいということでしょうか。

酒井氏 その通りです。

コミュニケーション最適化の現在地とこれから

 「コミュニケーション最適化」プロジェクトは現在Phase.3の「精緻化」に入ったところと認識しています。この精緻化というのは、データもテクノロジーも含まれていると思います。酒井様の理想とするゴールに対して、現在地はどのあたりにあるのでしょうか。

酒井氏 あるべき姿はありますが、理想のゴールは描けません。各マーケターが目的を持って施策設計し、実施後に分析し、その結果を次の施策にフィードバックしていくPDCAが浸透することが目標です。KPIツリーはあくまで「仮」ですから分析現場で変えてもらって構いませんし、それで間違えたとしても、間違えたことがわかればいいのです。

 変化が激しい時代です。会社も絶えず変化し続けて、固定化しないことが大切ということですね。

酒井氏 メディア環境も刻一刻と変化しています。チャネルが爆発的に増えました。テレビ一強のような覇者がいる時代には二度と戻ることはないでしょう。インターネット最大の不可逆的影響です。

 その変化についていける体制や仕組みは整いつつあるのでしょうか。

酒井氏 整えなければならないと思っています。まだまだ足りません。

 足りないのは先ほど出た画像解析といったことですか。

酒井氏 そういった具体的なもの以前に、考え方を浸透させていく必要があると思います。テレビが重要なのはまだしばらくは変わらないと思いますが、デジタルメディアとの役割分担もしっかりと見ていかなければならないと思います。

 マインドチェンジが必要ということですね。

酒井氏 今は宣伝チームに対して浸透活動をしています。次はブランドチームの予定です。営業チームにまで浸透を進めるかはまだわかりませんが、いずれにしても浸透の過程にいるわけです。

 その中で、ブレインパッドへの要望や期待することはありますか。

酒井氏 VizTactに関して言えば、指標間の矢印の向きや影響度といった重回帰要因をもっと知りたいが、ちょっと物足りないという意見が上がってきています。人事やアンケートデータなど1つの群の中での分析であればとても使いやすいと思いますが、様々なところからデータを集める必要があり、さらに欠けているデータの影響が強いマーケティング分野では難しいことも多いと言うのです。そのあたりの改善をお願いできると嬉しいですが、そもそもこのような不満が出てくるのは、私たちもスキルアップしているということで嬉しくもあります。

 結果が出てきたので、もっと複雑なことも見てみたくなってきたということですね。

酒井氏 そうです。それこそまさに私がいう理想のゴールはないということです。その分、ツールにももっと複雑なことが求められるようになっていくわけです。

 ツールだけでなく、データ活用全般に関するもっと大きな要望はありますか。

酒井氏 データ活用が当たり前のことになり、その言葉自体がなくならないかと祈っています。もしかしたら理想のゴールはそこかもしれません。

小堺 ツールやデータの活用があたりまえになることが理想のゴールかもしれないということですが、さらにその先の展望はありますか。

酒井氏 以前から思っていたことは、答えはデータの中にしかないということです。もちろん顕在化しているかどうかは別です。アンケートで拾えるようなことは、既に商品やサービスに反映されていますから、アンケートでは拾えないようなインサイトを見つけださなければなりません。そのインサイトはユーザーの行動を分析することで見つけられるのではないでしょうか。ユーザーの実際の行動と予測した行動との差を丁寧に見ていけば、必然的にユーザーが求めているものも見えてくると思うのです。

小堺 ユーザーの行動をできるだけ解像度を上げて捉える、それを愚直に繰り返していくしかないということですね。

酒井氏 その際に自分なりの予測が必要ですが、その予測の精度がマーケターのセンスなのかなと思います。そしてそのセンスを磨くには、どれだけ人間を観察し、どれだけコミュニケーションをしてきたかによるのでしょう。

「なぜ」と言える人材を育てること

小堺 酒井様のこれまでの取り組みをまとめますと、デジタルマーケティングを推進するために何をすればよいかを真剣に考え、そのためのフレームワークやKPIを作り、ツール等の環境を整備してきました。今後もロッテ様が続いていくためには、データ活用が当たり前になっていくことが必要であり、そのためには第2、第3の酒井様が登場することが求められます。そのような人材を作っていく立場になられたと思うのですが、今後どうやって育成・教育をしていこうと考えているのでしょうか。

酒井氏 「なぜ」と言える人を育てる、さらにそのような人を育成できる人を育てることだと考えています。とはいえ、実は上司からもその答えをずっと求められてきたのですが、私自身がその答えをまだ見つけられていないというのが正直なところです。

小堺 あくまで私の仮説ですが、九州での営業時代に、お客様のために何ができるか、何をすれば喜んでいただけるかを念頭に置きながら、小売店の店長や役員と交渉していたのではないでしょうか。その責任感や熱量が酒井様のような人材を育てたのではないかと。

酒井氏 実は営業時代はユーザーをあまり実感できていませんでした。デジタルデータを分析するようになって、ユーザーが見えるようになったのです。それで、どうすればユーザーに買ってもらえるか、喜んでもらえるかを真剣に考えるようになりました。

小堺 デジタル化で顧客視点を大切にするようになったと?

酒井氏 その「顧客視点」という言葉も定義し直したほうがいいかもしれませんね。何をもってどういう視点で見たら顧客視点になるのか、を。

小堺 社員育成を考える上でES(従業員満足度)やEXといったキーワードが出てきています。「顧客視点」を部下に伝えるためにもこういう観点は必要なのではと思うのですが。

酒井氏 ESやEXにつながるかはわかりませんが、上司と部下が同じ目線でビジネスを語り続ける場を作ることが重要だと考えています。それをやり続けることで部下に能力がつくと実感しているからです。

小堺 同じ目線とは?

酒井氏 あえて噛み砕いて説明せず、同じ言葉・同じ視座で話をすることです。わからない言葉や概念があれば自分で調べなさいと言えば、自分で勉強するようになります。もっと効果があるのは、決定権者のつもりで考えろと部下に言うことです。責任を押しつけるということではなく、私がすべて正しいとは限らない、間違えることも多いし、意思決定に関しても常に不安だということを正直に伝えるようにしています。だから私の意見に反対してくれていいし、むしろ私の足りないところは補ってほしい。決定権という意味では、上司と部下ではなく、我々はフラットな関係なのだと言うのです。

小堺 「私はこう思うが、君はどうだ」と繰り返して聞くということですね。

酒井氏 そうすれば部下も付いてこられるように努力するしかありませんし、実際に努力してくれるようになります。

ただ意思決定にはタイムリミットがあるので、議論しても決まらないときは「今回は時間がないので私の案に決める」ということはあります。その際にも誰も否定しませんし、誰のせいにもしません。そうすれば意見が言いやすい場になるのです。

小堺 部下が自分で判断し、意見を言うことを奨励することで、仮説も立てやすくなるわけですね。

酒井氏 はい。その通りです。

小堺 酒井様のおっしゃる通りマーケティングは正解がない世界で、日々もやもやしているマーケターが多いと思います。その人たちにとって、酒井様が作っている場は、日常的な再教育の場であり、そこでの議論を通じて成長していけるだけでなく、問題解決への活力も得られる場だと思います。

酒井氏 一緒に悩んで、一緒に考えて、一緒に答えを出して、一緒にうまくいくか心配して、時には文句を言い合う――ありきたりかもしれませんが、それを繰り返すことだけがスキルアップにつながるのだと考えます。

小堺 正解のない世界で、それでも成果を求められるビジネスパーソンにとって大きなヒントをいただけたと思います。本日は貴重なお話、ありがとうございました。


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株式会社ブレインパッドについて

2004年の創業以来、「データ活用の促進を通じて持続可能な未来をつくる」をミッションに掲げ、データの可能性をまっすぐに信じてきたブレインパッドは、データ活用を核としたDX実践経験により、あらゆる社会課題や業界、企業の課題解決に貢献してきました。 そのため、「DXの核心はデータ活用」にあり、日々蓄積されるデータをうまく活用し、データドリブン経営に舵を切ることであると私達は考えています。

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