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生成AIの経済学 個人消費における生成AIサービスの市場構造 

執筆者
公開日
2024.12.12
更新日
2024.12.12

こんにちは、生成AIタスクフォースの辻です。  

これまで本連載では、生成AIサービスの市場分析において、主にエンタープライズ向け市場(B2B)、すなわち企業の生産性向上や業務効率化に焦点を当てた分析を展開してきました。 

本稿では視点を大きく転換し、最終消費者向けの生成AIサービス市場(B2C)について分析を行います。消費者に直接提供される生成AIサービスは、どのような市場を形成し、どのような競争構造を持つことになるのか。本稿では、これまでとは異なる視点から市場の形成メカニズムを考察していきます。 

なお、本稿をもって生成AIの経済学に関する連載は一旦の区切りとさせていただきます。 

本記事の執筆者
  • データサイエンティスト
    辻 陽行
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    アナリティクスコンサルティングユニット
    役職
    マネジャー
    機械学習を用いた需要予測や判別問題に関する事例を担当。プロジェクトの立ち上げから機械学習アルゴリズムの仕組み化の支援までを主に担当。

本稿では映画制作や音楽制作における企業による生成AIの活用や、個人による生成AIを用いた漫画・イラスト制作については議論を省いています。これらは個人消費を目的としたものではありますが、生成AIはその制作プロセスをアシストする手段として機能するに過ぎず、市場としては従来の映画市場やアーティスト市場として分析されるべきものであると考えるためです。これらの領域における生成AI活用の分析は、むしろエンタープライズ向け生成AI市場におけるAIアシスタントやAIエージェントの文脈で議論されるべきテーマだと個人的には考えています。

市場の基本構造

個人をターゲットとした消費者向け生成AIサービス市場は、エンタープライズ向け生成AIサービス市場とは異なる独自の構造を形成しつつあります。その基本的な特徴を、収益モデルと価値提供の形態から整理していきましょう。

市場の二つの収益モデル

消費者向け生成AIサービスの市場は、その収益構造から見ると、大きく二つの方向性で形成されていくと考えられます。一つは消費者が直接対価を支払う市場であり、もう一つは企業のマーケティング・セールスコストとして組み込まれる市場です。

市場の二つの収益モデル

消費者が直接対価を支払う市場では、主にコンテンツ消費コミュニケーションという二つの価値が中心となります。 

この市場では、消費者自身が自分の体験や満足のために明示的に費用を負担する形でサービスが提供されます。例えば、好みに応じて物語や音楽を作り出すサービスや、AIとの対話サービスなどが、この類型に含まれます。 

一方、企業のマーケティングコストとして組み込まれる市場では、主に手続き支援型の価値提供が行われます。 

不動産探しやショッピング支援など、消費者の意思決定プロセスを支援するサービスがこれに該当します。これらのサービスは、消費者に対して無料または低価格で提供されますが、その費用は企業のマーケティング予算の一部として吸収される形となります。 

ただし、日常のタスク管理やコミュニケーションツールを提供しているプレイヤーが既存サービスのプレミアムプランとして生成AIサービスの機能を追加するケースも生まれてくると考えられるので、手続き支援型の価値提供がすべてこの収益モデルを採用するとは限りません。

三つの主要市場の形成

消費者向け生成AIサービス市場では、提供する価値の違いによって主に以下の三つの異なる市場が形成されていくと考えられます。

第一に、コンテンツ消費型市場です。この市場の本質的な価値は、消費者自身が生成したコンテンツを自ら楽しむという点にあります。 

映画、音楽、小説、ゲームなど、これまでは受動的に消費するしかなかったコンテンツを、自分の好みや文脈に合わせて生成し、消費することが可能となっています。

具体的なサービスとしてStability AIが提供する画像生成が可能なStable Diffusionや音楽生成が可能なSuno AIなどがイメージしやすいかもしれません。 

第二に、コミュニケーション型市場です。AIとの対話を通じて、時間や場所の制約なく、専門的な知識の提供や心理的なサポートを受けることができる市場です。 

具体的なサービスとしては、〇〇AI社長や著名な起業家を模したチャットAIサービス、恋人のようにAIが振る舞うサービスなどが該当すると考えられます。 

第三に、手続き支援型市場です。日常生活における様々な意思決定や手続きを支援する市場で、既存サービスの付加価値機能や企業のマーケティング活動の一環として提供されます。 

具体的なサービスとしては、旅行予約サイトのアシストチャットボットやECサイトでのインタラクティブな商品レコメンドなどが該当すると考えられます。 

これら三つの市場は、それぞれ異なる価値提供の形態と収益モデルを持ち、独自の発展を遂げていくと考えられます。以降、これらの市場それぞれについて、その特徴や課題、発展の方向性を詳しく分析していきます。


コンテンツ消費型市場

コンテンツ消費型市場とは、生成AIが作り出す創造的コンテンツを消費者が直接的に享受する市場を指します。従来のメディアコンテンツ市場と大きく異なる点は、コンテンツが消費者個々の要望に応じてリアルタイムに生成される点にあります。

従来型市場との本質的な違い

これまでのコンテンツ市場では、クリエイターが創造し、消費者がそれを受動的に消費するという明確な役割分担が存在していました。映画、音楽、小説などのコンテンツは、専門的な創作者によって制作され、消費者はその中から選択して楽しむという一方向的な関係性が前提となっていたと言えます。 

しかし、生成AI技術の登場により、この構図は大きく変化しつつあります。消費者は自身の創造的なアイデアや好みを、生成AIを通じて直接的にコンテンツとして具現化できるようになりました。これは単なる技術革新ではなく、創造と消費の境界が曖昧になってきている文化的な転換点となっていると考えられます。

新たな価値創造の形態

この市場が提供する革新的な価値は、以下の点に集約されます。まず、コンテンツ創造の民主化です。専門的なスキルや知識がなくとも、誰もが自分のアイデアを具体的なコンテンツとして実現できるようになりました。 

例えば、「スチームパンクとファンタジーを融合させた世界観で、主人公が機械仕掛けの謎を解いていく物語」といった具体的な構想を、その場で小説、動画、音楽、ゲームとして生成することができます。 

また、パーソナライズされた体験の実現も重要な価値です。従来の大量生産・大量消費型のコンテンツ提供とは異なり、各個人の好みや文脈に応じて無限のバリエーションを生成できます。音楽で言えば、「クラシック音楽の構造美とジャズの即興性を併せ持つ」といった、既存のジャンルを超えた個人的な好みに応じた楽曲を作り出すことが可能となっています。 

もちろん、現時点では小説のように自然言語の形式で提供されるものは現在でも比較的低額で提供されていますが、動画やゲームについてはまだ発展途上の段階にあり、コンテンツ創造が民主化されたといえるレベルには達していないと考えられます。

市場構造の特徴

価値提供の中核

この市場における価値提供の中核は、生成コンテンツの品質パーソナライゼーションの精度にあります。品質については、技術的な完成度だけでなく、創造的な表現の豊かさや一貫性も重要な評価軸となります。 

特筆すべきは、この市場における「品質」の概念が極めて経験的な性質を持つという点です。従来型のコンテンツ市場では、専門家による評価や市場での実績という明確な品質指標が存在していました。しかし、生成AIによるパーソナライズされたコンテンツの場合、その品質評価は個々のユーザーの主観的な体験に大きく依存することとなります。

競争優位の源泉

市場における競争優位は、主に三つの要素から形成されます。 

第一の要素は、生成モデルの質的優位性です。これは単なる技術的な優位性を超えて、創造性と一貫性を備えたコンテンツを安定的に生成できる能力を指します。 

例えば、物語生成において、設定やキャラクター性を一貫して維持しながら、予想外かつ納得性の高い展開を作り出せる能力などが該当します。 

第二の要素は、コンテキスト理解の深度です。これは個々のユーザーの好みや意図を正確に理解し、それを適切なコンテンツとして具現化する能力を指します。エンタープライズ向け生成AI市場においても個々の企業のビジネスコンテキストを理解することの重要性について考察しましたが、この市場においても極めて重要な要素となります。 

特筆すべきは、この嗜好理解が対話とコンテンツ生成の繰り返しを通じて、継続的に深化していく点です。ユーザーとの対話履歴や生成コンテンツへのフィードバックが蓄積されることで、より正確な嗜好の理解と、それに基づく適切なコンテンツ生成が可能となっていきます。 

この特性は、ユーザーにとって重要なスイッチングコストを生み出します。すなわち、特定のサービスを継続的に使用することで蓄積された嗜好理解のコンテキストは、他のサービスへの乗り換え時に一から構築し直す必要があるため、実質的なロックイン効果として機能します。このような特性は、市場における先行者利益を生み出す重要な要因となり得ます。 

第三の要素は、プラットフォームとしてのネットワーク効果です。より多くのユーザーの利用データを集積することで、生成の精度を高め、それがさらなるユーザー獲得につながるという好循環を生み出すことができます。この効果は特に、生成コンテンツに対するユーザーフィードバックの蓄積において顕著となります。 

例えば、生成された画像や文章、動画に対して、ユーザーが「満足した」「不満である」といった基本的な評価から、「キャラクターの表情が不自然」「ストーリーの展開に一貫性がない」といった具体的なフィードバックまで、様々な形での反応を収集することができます。これらのフィードバックは、生成モデルの改善において極めて重要な学習データとなります。 

より多くのユーザーを抱えるプラットフォームほど、より多様で豊富なフィードバックを収集することが可能となり、それによって生成の精度を継続的に向上させることができます。これは、コンテンツの品質評価が主観的である本市場において、規模の経済を超えた重要な競争優位の源泉となり得ます。

市場の発展における課題

時間制約がもたらす市場の限界

コンテンツ消費型市場において、最も本質的な制約として考えられるのが、消費者の時間的制約です。生成AIの技術的発展により、理論上は無限のコンテンツを生成することが可能となりましたが、それを消費する人間側の時間には厳然たる制限が存在します。 

この状況は、例えば高級レストランの例で考えるとわかりやすいかもしれません。どれほど優れたシェフが無限の料理を提供できたとしても、私たちの胃袋の容量や食事に使える時間には限りがあります。同様に、AIが1日で1000本の映画を生成できたとしても、個人が実際に視聴できる本数は変わりません。 

むしろ、生成可能なコンテンツの選択肢が増えすぎることで、「何を見るべきか」という選択自体により多くの時間と労力が必要になるという問題が生じることになります。この選択の複雑さは、市場の成長に対する重要な制約要因となる可能性があります。

価値評価における構造的な困難さ

生成AIによるコンテンツの価値評価には、これまでにない課題が存在します。従来のコンテンツ市場では、書籍の販売数、プロの評論家によるレビュー、あるいは権威ある賞の受賞歴など、コンテンツの品質を判断するための確立された指標が存在していました。消費者はこれらのシグナルを頼りに、自分が消費するコンテンツを選択することができたのです。 

しかし、生成AIによって無数のコンテンツがリアルタイムに生成される環境では、このような従来型の品質評価の仕組みが機能しなくなります。 

AIが生成する小説を例に考えてみましょう。ストーリー展開の面白さ、キャラクター描写の深さ、文体の魅力、テーマ性の深度など、評価すべき要素は多岐にわたります。さらに、同じAIでも生成のたびに異なる作品が生まれるため、一貫した品質評価を行うことが困難です。

この状況は、消費者に新たな課題を突きつけることとなります。すなわち、「良質なコンテンツをどのように見つけ出すのか」、それは「契約するサービスによって違いがあるのか」という選択の困難さに直面することになります。

個人化と社会性のジレンマ

コンテンツ消費において見過ごせないのが、個人的な消費価値と社会的価値の両立という課題です。例えば、人気ドラマについて友人とSNS上で感想を共有し、その体験を共有することで生まれる喜びを考えてみましょう。もし各人が完全に個別化されたバージョンを視聴していたら、このような共有体験は成立しません。 

文学作品や映画が文化的な参照点として機能するためには、ある程度の「共通性」が必要となります。しかし、生成AIによるコンテンツのパーソナライゼーションは、むしろこの共通基盤を失わせる方向に作用する可能性があります。これは、個人化によって得られる満足度の向上と、社会的な共有価値の創出という、相反する要求をどのように調和させるかという本質的な課題を提起しています。


コミュニケーション型市場

コミュニケーション型市場とは、生成AIとの対話を通じて知的・教育的価値、さらには感情的な交流の価値を提供する市場を指します。この市場では、継続的な対話を通じた学習支援や知識の習得に加え、日常的な会話や感情的な交流まで、多様な形態のサービスが展開されつつあります。

従来型市場との本質的な違い

これまでの対話型サービス市場では、教師や家庭教師による個別指導と、定型的な応答を行う学習支援アプリやチャットボットなど、二極化した形態が主流でした。 

しかし、生成AI技術の登場により、この状況は大きく変化しつつあります。高度な文脈理解と柔軟な応答生成により、個別指導の柔軟性とデジタルツールの利便性を併せ持つような、新しい対話体験が実現可能となってきています。

新たな価値創造の形態

この市場における革新的な価値は、主に三つの側面から考えることができます。 

第一に、インタラクティブな学習支援の実現です。特に基礎教育の分野において、生徒一人ひとりの理解度や学習スタイルに合わせた、きめ細かな対話型学習が可能となっています。例えば、数学の問題を解く過程で躓いた際に、その生徒の理解度に応じて適切なヒントを提供したり、異なる視点からの説明を試みたりすることができます。 

第二に、感情的な交流や心理的つながりの提供です。生成AIは、日常的な会話のパートナーや感情的なサポート役として機能することも可能です。例えば、趣味や関心事について対話を楽しんだり、日々の出来事について話を聞いてもらったりするような、人間関係に近い形での交流を提供するサービスも登場しています。これは特に、人間関係の補完や、気軽な対話相手を求めるニーズに応える新しい形態のコミュニケーションと言えます。 

第三に、時間や場所、心理的制約からの解放です。深夜であっても、移動中であっても、また他者からの評価を気にすることなく、必要な対話を行うことができます。これは特に、学習における質問や基礎的な悩み相談といった、利用者の心理的な安全性が重要となる場面で大きな価値を持ちます。 

将来的には、心理カウンセリング、ビジネスコンサルティングといった専門的な領域においても、生成AIを活用したサービスの展開が期待されますが、現時点ではそれらの実用化にはまだ課題が残されています。

市場構造の特徴

価値提供の中核

この市場における価値提供の中核は、対話の質継続的な関係性の構築にあります。特に重要となるのは、単なる応答の的確さだけでなく、対話を通じた親密感や信頼関係の醸成です。 

学習支援の場面では、学習者の理解度や意欲を適切に把握し、それに応じた支援を提供できることが重要です。 

一方、感情的な交流を主目的とするサービスでは、対話の自然さや感情的な応答の適切さが重要な価値となります。ユーザーの感情状態を理解し、それに寄り添った対話を展開できることが、サービスの価値を大きく左右します。

競争優位の源泉

市場における競争優位は、以下の三つの要素から形成されると考えられますが、コンテンツ消費型市場における説明と重複する部分もあるので簡潔にご紹介します。 

第一の競争優位は、対話モデルの質的優位性です。これは文脈理解の正確さや応答の一貫性といった技術的な側面に加え、対話の自然さや共感性といった質的な側面も含みます。特に感情的な交流を目的とするサービスでは、対話の印象が重要な差別化要因となります。 

第二の競争優位は、ドメイン知識の統合度です。特定領域における知識をモデルに効果的に組み込み、それを対話の中で適切に活用できる能力が重要となります。例えば、学習支援AIであれば、教科の専門知識を正確に保持しつつ、それを学習者の理解度に応じて柔軟に説明できることが求められます。 

第三に、個別化された対話経験の提供です。利用者との対話履歴を適切に活用し、その人固有の文脈や好みを理解した上で対話を展開できる能力が、重要な差別化要因となります。特に継続的な利用を前提とするサービスでは、この個別化の度合いが、ユーザーの満足度と継続利用意向に大きく影響します。 

市場の発展における課題

信頼性の確保と品質保証

コミュニケーション型市場特有の課題として、対話の信頼性をどのように担保するかという問題があります。とりわけ、専門的なアドバイスを提供する場面では、その正確性と適切性を保証する仕組みが必要となります。例えば、現在は世界的に見ても広く普及しているわけではありませんが、医療や法律に関する助言を行うサービスにおいて、誤った情報や不適切な提案がなされた場合の責任の所在をどのように考えるかは、重要な検討課題となりえます。 

*通常、個人に法的または重大な影響を及ぼす可能性のある目的で生成AIのアウトプットを使用することは禁止されています

プライバシーとデータ保護

対話を通じて得られる情報は、しばしば個人の機微に触れる内容を含みます。このため、プライバシーの保護とデータセキュリティの確保は、市場の健全な発展において極めて重要な要素となります。特に、対話履歴の蓄積と活用において、利用者のプライバシー保護と、サービスの質の向上というニーズをいかに両立させるかが課題となります。

人間関係への影響

生成AIとの対話が日常化することで、人間同士のコミュニケーションにどのような影響が生じるのかという点も、重要な検討課題です。 

例えば、AIとの対話に過度に依存することで、実際の人間関係が希薄化するのではないかという懸念も存在します。

手続き支援型市場

手続き支援型市場とは、消費者の日常生活における選択や判断を支援する生成AIサービスの市場を指します。 

例えば、休暇の旅行プランを考える際の目的地選びから、日々の買い物における商品選択まで、私たちの生活における様々な意思決定場面で、個人の状況や好みを理解した上での柔軟なサポートを提供することが、この市場の本質的な価値となります。

従来型市場との本質的な違い

これまでの消費者向け支援サービスは、「人気ランキング」や「おすすめ商品」といった画一的な情報提供が中心でした。例えば、旅行サイトでは「人気の観光地TOP10」のような定型的な情報を提供するにとどまっていました。 

しかし生成AI技術の登場により、「子供と一緒に楽しめる」「写真撮影に適している」「現地の食文化を深く体験したい」といった個別具体的な希望に応じて、その理由とともに最適な選択肢を提案できるようになっています。ここでは単なる情報提供ではなく、消費者一人ひとりの文脈に沿った対話的な意思決定支援という質的な変化が起きていると考えられます。 

なお、この市場は他の2つの市場と異なり多くの場合はこのサービス単独での価値提供ではなく、本来のサービス(たとえば旅行予約など)に付帯される形で提供されることが多く、手続支援型市場という形で直接競争が起こりにくい市場と考えられます。

新たな価値創造の形態

この市場における革新的な価値は、意思決定の質的向上と意思決定コストの削減という二つの側面から捉えることができます。 

例えば、不動産購入における意思決定支援では、立地条件や予算といった明示的な要件だけでなく、ライフスタイルや将来の生活変化まで考慮した総合的な提案が可能となります。また、投資判断においても、市場データの分析に加えて、投資家個人のリスク許容度や長期的な資産形成目標を踏まえた、きめ細かな助言を提供することができます。

市場構造の特徴

価値提供の中核

この市場における価値提供の中核は、先ほども言及しましたが意思決定品質の向上意思決定コストの削減にあります。特に重要なのは、複雑な判断を要する状況での支援能力です。例えば、多数の選択肢から最適な商品を選ぶ場合、単純な条件マッチングではなく、使用目的や予算制約、さらには将来的な拡張性まで考慮した総合的な判断支援が求められます。

競争優位の源泉

市場における競争優位は、以下の三つの要素から形成されます。これらは、ドメイン特化AIアシスタント市場の記事で分析した4つのコンテキスト統合の視点と共通する部分が多くあります。 

【参考】生成AIの経済学 AIアシスタントによる知的作業の効率化 ~コンテキスト統合による個人生産性の改善~ 

第一の要素は、他の市場と同様にドメイン知識の統合能力です。例えば料理レシピの提案では、食材の組み合わせや調理技法だけでなく、季節の旬や栄養バランス、さらには食材の保存方法まで、幅広い知識を組み合わせて実践的なアドバイスを提供できる必要があります。この統合能力の深さと広さが、支援の質を大きく左右することとなります。 

第二の要素は、外部データとの連携性です。旅行プランの提案を例にとると、航空券や宿泊施設の空き状況、目的地の天候予報、現地のイベント情報などのリアルタイムデータと、旅行者の予算や日程の制約を組み合わせることで、より実現可能性の高い提案が可能となります。このデータ連携の範囲と質が、支援の実用性を決定づける重要な要因となります。 

第三の要素は、ユーザーコンテキストの理解深度です。これは単なる好みの記録を超えて、生活スタイルや価値観、さらには季節やライフステージに応じた需要の変化までを含めた総合的な理解を指します。例えば、ファッションアイテムの推奨では、過去の購買履歴だけでなく、普段の着こなしスタイルや、これから参加予定のイベント、さらには気候の変化なども考慮した提案ができるかどうかが重要となります。

市場の発展における課題

取引コストの本質的な問題

手続き支援型市場における重要な課題は、支援自体に伴う取引コストです。生成AIによる支援は、理論的には意思決定の質を向上させ、プロセスを効率化するはずです。しかし、その支援を受けるために必要な学習コストや、AIとのコミュニケーションコストが大きすぎると、本来の目的である効率化が達成できなくなる可能性があります。

コンテキスト理解の困難さ

もう一つの本質的な課題は、個人のコンテキスト理解の深さと、それに伴うスイッチングコストの問題です。ユーザーの意思決定パターンや選好を深く理解することは、質の高い支援を提供する上で不可欠です。しかし、この市場においては支援サービス自体が付随的な性質を持つため、ユーザーがコンテキスト構築に時間を投資するインセンティブが比較的低くなります。そのため、他の2つの市場ではサービスの利用を通じてごく自然にコンテキストの理解が深まっていく構造があったのに対して、手続支援型市場のサービスは十分なコンテキスト理解が進まず、ユーザーのサービス変更に伴うスイッチングコストが乏しい状況が起こりえます。

価値提供の持続性

最後に考慮すべき課題は、価値提供の持続性です。手続き支援は、その性質上、一度確立された効率的な判断プロセスが標準化されやすい傾向にあります。そのため、差別化要因を継続的に創出し、サービスの付加価値を維持していくことが重要な課題となります。例えば、法務支援の分野では、単純な契約書作成支援から、取引固有のリスク分析や戦略的アドバイスなど、より高度な価値提供へと発展させていく必要があります。

消費者向け生成AIサービスの今後

最後に、消費者向け生成AIサービス市場の今後の発展を考えてみましょう。とりわけ、コンテンツ消費型市場とコミュニケーション型市場は以下のような発展を遂げる可能性があります。

なお、手続き支援型市場については、その成長が既存サービスの発展を通じて達成されるか、AIエージェント市場の成長として認識されると考えられるため、以下の考察では主にコンテンツ消費型とコミュニケーション型の市場に焦点を当てます。

プラットフォーム化による市場の二極化

消費者向け生成AIサービス市場は、スマートフォン市場で見られたような二極化構造へと収斂していく可能性が高いと考えられます。 

市場の基盤層では、強力な計算資源とデータを保有し、幅広い用途に対応できる汎用的な生成AI技術を提供する大規模プラットフォーム事業者や高品質な画像生成や動画生成を行う技術を持った新興AIベンチャーが急速にユーザーを獲得することで支配的な地位を築く可能性があると考えられます。 

一方、応用層では特定の用途やジャンルに特化した専門サービス事業者が、独自の専門知識やユーザー固有のニーズへの深い理解を武器に、柔軟な市場適応を実現していくと想定されます。 

さらに、これらのプラットフォーム上では、ユーザー自身がクリエイターとして活動するUGC(User Generated Content)の形態も生まれてくることが予想されます。生成AIの機能を活用しながら、独自の作品やコンテンツを生み出し、それを共有・販売するような新しい創作エコシステムが形成される可能性があります。

ブランド価値の重要性の高まり

市場の成熟に伴い、参入障壁の本質は技術力という単一の要素から、より複合的な価値提供能力へと変化していくと考えられます。特に、評価基準が主観的で多様な消費者市場においては、信頼性の高いブランドの構築が極めて重要な要素となります。 

具体的には、特定分野における専門知識の蓄積、活発なユーザーコミュニティの形成、直感的なインターフェースの確立など、多様な要素の組み合わせが競争優位の源泉となっていくでしょう。そして、これらの要素を統合的に提供する能力を持つブランドが、市場において重要な位置を占めていくことになると予測されます。 

また、コンテンツ消費型市場やコミュニケーション型市場においては、サービスの利用を通じて自然とユーザーのコンテキストが蓄積され、それが新たな価値を生み出すという特徴があります。このコンテキストの再蓄積は、前述した通り、ユーザーにとっての大きなスイッチングコストとなりえるため、結果として初期からユーザーを獲得していた企業が先行者利益を得ることになると考えられます。

終わりに

本稿では、消費者向け生成AIサービス市場における三つの主要市場の特徴と、今後の市場構造の展望について分析を行ってきました。この市場は、コンテンツ消費、コミュニケーション、そして手続き支援という異なる価値を提供しながら、全体としては二極化した市場構造へと向かう可能性が高いと考えられます。 

本稿をもって、生成AIの経済学に関する連載は一旦終了となります。また、異なる形で生成AIおよびAIエージェントに関する発信を行っていく予定ですので、引き続きご期待ください。


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