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SDGsに代表されるように、企業の行動原理は「収益の最大化」だけでなく、「企業自身を取り巻く社会や自然環境の持続可能性も満たすもの」としていくことが求められています。
こうした中、生存の母体でありCO2の吸収源ともなりうる畑が果たす役割は大きく、農業に視線を向けている企業も増えています。
さて、「農業のDX」について、皆様は何を想像しますか?
上記、列挙してみました。
広大な面積で生き物と向き合う農業は、人手が最大の制限要因となります。また施肥投薬も画一的になりがちです。だからこそ、機械が果たす省力と最適の役割は大変大きいといえるでしょう。
小説家のカレル・チャペックは『園芸家12ヶ月』(*1)という著書の中で、「身長1m以上の園芸家はめったに見かけない」と語っています。
その文意は、農作業がとかく地面に身を屈める労苦であることを指したものですが、チャペックが同時に「ロボット」という言葉の生みの親でもあったことを想うと、現在の辛さが発想のタネであったのはないかと思えてしまいます。
そんな農業のDXには2種類の用途があると筆者は考えます。
一つは、従来の事業の効率化に用いることで、費用対効果と価格競争力を高めていく用途。
しかし、価格低下と生産調整で十分に苦しんできた農家にとって、本用途は必ずしもマッチしないと言えます。
もう一つは、社会課題やニーズに応えるために用いることで、付加価値を高めていく用途です。
ICT技術によって人力制御では難しかった品種や自然に優しく美味しくなる栽培手法に挑戦すること、また増えた可処分時間を顧客接点の拡大に活用することを指します。私は本用途にこそ多くの可能性が秘められていると考えています。
以降では、戦後日本の農業に対するニーズが量から質へと変遷していく過程を「外在」「内在」「介在」の区分で辿りながら、その先への未来まで掘り進めてみたいと思います。
しばらく、DXから話が逸脱しますが、その変遷を眺めることで見えてくることがあります。
しばしお付き合いください。
先だって、その区分の意味を簡単に説明しますと以下のとおりです;
戦後復興期から高度経済成長期は、質より量(味よりカロリーベース)が求められる時代だったといえるでしょう。量こそ満たしましたが、過度に外界に負荷を与え続けた結果、人間自身への害となって跳ね返ってくることになります。
日本では、DDT散布や4大公害の顕在化から環境庁の設立に至るまでの時期にあたり、レイチェル・カーソンが『沈黙の春』(*2)を上梓した時期でもあります。
この辺りについては、戦後復興の光と影という文脈で、学校の授業を通して触れた方も多いのではないでしょうか。
外在を経て、「低農薬」や「高品質」へとニーズが変わってきます。
ここにおいて、「植物の内在的な力」を高めようという動きが盛んになります。耐病品種や高機能品種の開発への動きです。
私の住んでいた神奈川県の三浦半島では、いわゆる大根足な「三浦大根」に変わって、端正な青首系の「耐病総太り大根」が生産されるようになりました(みなさんが普段目にしている大根です)。
耐病性はもちろん、 “ス”の入りにくさ、そして何より整った丸さが機械で泥を洗い流すことに適しており、都市生活者の胃袋を安定的に満たすことに大きく貢献しました。
参考:「耐病総太り」回顧録 F1青首大根はいかに市場を変えたかhttps://www.takii.co.jp/tsk/saizensen_web/daikon_story/prologue.html
またこしひかりは、NHKのプロジェクトX(*3)でも取り上げられたように、耐病性よりも味に対するニーズが生産を押し上げた例と言えます。
これ以外にも、日本は柑橘系のデコポン(不知火)、いちごのとちおとめ、最近ではミニトマトのアイコなど、大量の優良品種を生み出しています。
輸入自由化への戦略という観点においても、品種改良とブランド化は重要な役割を担っていきます。
その一方で、品種政策によって失われていったものもあります。その土地土地で栽培されてきた在来野菜です。
全国展開される品種(主にF1種)は育てやすさと万人受けが求められるため、どうしても測定可能な糖度や旨味に偏りがちです。在来野菜(固定種が多い)は追いやられてしまいます。
ですが、在来野菜が地域と馴染む中で得た滋味はかけがえのないものです。ここ数年、私は地方の農家を巡る中で在来野菜を手放した農家さんにお会いしましたが、とても後悔しておられました。
在来野菜は、しばらく料亭などで細々と守られる時期が続きましたが、素材の持つ味わいに対する関心の高まりと共に、保存に向けた機運小さくも着実に高まってきています。
現在の日本は人口減少下にあり、量よりは質が重視される世の中に移りつつあるといえるのではないでしょうか。
また、衛生環境が整い食品の清潔さが保たれる中で、「加熱」よりは「生」や「低温調理」によって質や味を高めた摂取方法へと多様化してきています。
こうした中で、「微生物」に対しての考え方も「全てを排除すべき」ものではなく、「良い微生物もいる」という考え方が浸透しつつあるように見受けられます。
実際、世の中を見渡せば、微生物の力によって質や付加価値を高めた商品が数多く出回っています。
著者自身の話になりますが、熟成肉のブームを受けて「肉に発酵あらば野菜にも」と、自家栽のミニトマトを収穫後に発酵させて食べたことがあります。
その味は、トマト単体によっては容易に生み出せない芳醇な味わいで、これまでに食べたことがないものでした。
古くより貴腐ぶどうが知られるように、収穫後の「ポストハーベスト」が農薬に変わって追熟を高める微生物に変わるのであれば、食品の質は今以上に変わると、切に感じさせるものでした。
微生物を活かす取り組みは、もちろん、農産業の生産過程にも起きています。
『土と内臓』(*4)という書籍でも話題になりましたが、私たちが気づきつつある微生物は、内臓の栄養吸収を助ける重要な役割を担うばかりでなく、その相似形である土壌において、作物の成長を左右する介在者として大きな役割を果たしていることが分かり始めています。
身近な例で言うと、我々の内臓は必要な栄養を肉ばかりに偏って摂ると悪玉菌が増えて体調を崩すことがあるのはご存知かと思います。その対策として、野菜や雑穀を摂ってバランスをとったり、ヨーグルトを摂取するのが大事、というのは言うまでもありません。
同じように、畑も同じものを作り続けると「連作障害」と言って、必要な肥料が施されても作物が育たなくなることが知られています。これに対する対策としては、伝統的には「輪作」と言って異なる作物を育ててバランスを取るのですが、根本には作物の成長を妨げる病原菌が増えているので、良性の微生物の餌となる堆肥を一緒に加えたりすることで防ぐ対策がとられるようになっています。
これは健康や成長にとって、「栄養と人間(作物)」の関係が一対一対応ではないことを示しています。見かけ上の栄養は少なく見える食べ物でも、介在する微生物にとっては非常に重要であり、それがあることで彼らが増え、彼らが作る物質によって私たちは元気になったり、作物は育ったりするのです。
そして、作物単体では生み出せない味が、介在する微生物によって生み出されていることを示唆しているのです。
近年では、ほとんどの植物はその末端に微生物(エンドファイト)があり何らかの恩恵を受けているいうのが一般視されつつあります。
中でも、炭素(CO2)が光合成によって空気中から吸収されるばかりではなく、エンドファイトの力も借りながら、土壌中からも吸収されうるという話は、インパクトの大きい話です(*5)。
これは極論をいえば、生産量の礎になる炭素供給を不安定な日照量にのみ依存した体制から土壌からも受け取れる体制としていこうとするものであり、非常に大きな可能性を秘めています。
野菜づくりをした人は、誰しも日照量が不足して収穫に泣いた経験があるかと思います。また、梅雨時に若苗を育てたことがある人は、日照量の多さが植物の体作りを左右するため、ジメジメに増長した病害虫が勝つか、晴れて植物が勝つかの瀬戸際を経験したことがあるでしょう。
これほど大きな要因が、微生物の力を活用することで不作であったり大量の農薬(コスト)を避けて進められる可能性があるのです。
以上、量から質へのニーズの変化の中で、外在から内在、そして介在へと農業が変化する様子を見てきました。
その過程で、微生物が果たしうる役割について触れてきました。
「果たしうる」という控えめな表現を使ったのは、これらが百年以上の歴史のある近代農業とは大きく異なるため、今後も着実な検証過程を必要とするからです。
ですが実は、土壌の微生物を意識した農法は、「ぼかし」(発酵させた有機肥料)の活用や「コンパニオンプランツ」(複数の植物を同時に植える栽培方法)など、長らく認められてきた伝統的なやり方を積極活用していこうとするものでもあります。そうした意味では、全く縁がないわけではありません。
私はこの「伝統」こそ、その解題にICT技術が活用されることで、農業に革新をもたらす起点たりうると考えています。
実際、農薬は使わず雑草と混生させて育む「協生農法」と呼ばれる方法が、IT企業によって海外で一定の成果を上げつつあります。
参考:ESGからESGLへ ユニクロは衣料、ソニーは農業で挑む
発展途上国では、日本のような衛生環境や栽培管理が必ずしも維持できるとは限りません。こうした海外の状況下では、持続可能な生産体制を支える担い手が、地元の生物とそこに住む微生物でありうることを示しています。
このように、土壌肥沃土と微生物の関係、植物(生態系)の微生物に対する応答といった知見から最適な栽培促進プロセスを開発していくこと、共生菌の活用を耐病強化ばかりでなく生産量へ反映させていくことなど、、は今後の農業の発展において重要な役割を果たすと考えています。
そしてその方向性は、周囲の環境とも調和し、生物多様性や土壌の肥沃土(土壌中の炭素蓄積量)をも向上させるものとして、必然的にSDGsと機を一つにするものとなると確信しています。
『食農倫理学の長い旅』(*6)を著したトンプソン氏は、日本語版への序文の中で、長らく哲学者が自然との共生を考える思索の場であった農業が、近代化の中で絶たれてしまったことを指摘しています。
ですが、DXが農業の革新に真に寄与するのであれば、その未来への歩みが、生物多様性への歩みと重なるとともに、哲学者の思索の道筋としても帰ってくると、私は信じています。
本記事の内容をふまえ、次回はDX、ITが農業に対して具体的に何ができるのかについて、いくつかの活用例を交えて解説したいと思います。
*1 『園芸家12ヶ月』カレル・チャペック著 小松太郎訳 中公文庫
*2 『沈黙の春』レイチェルカーソン著 青樹簗一訳 新潮社
*3 『うまいコメが食べたい~コシヒカリ ブランド米の伝説 プロジェクトX』 NHK「プロジェクトX」制作班 NHK出版
*4 『土と内臓』デイビッド・モンゴメリー、A・ビクレー著 片岡夏美訳 築地出版
*5『作物はなぜ有機物・難溶解成分を吸収できるのか』阿江教治、松本真悟著 農文協
*6 『食農倫理学の長い旅』ポール・B・トンプソン著 太田和彦訳 勁草書房
まず DXの本質について知りたい方は、こちらの記事をぜひご一読ください。
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