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データ分析を用いた、ダイナミック・プライシングの実用化~DX時代における物販ビジネスへの適用、浸透~

執筆者
公開日
2021.11.01
更新日
2024.02.15

データサイエンティストの登内茂樹です。私の所属するAIプラクティス部は、品質保証のために各プロジェクトの成果物レビューを担当する一方で、各部員が最新の分析技術に関する研究開発を行っています。現在の私の研究テーマは「ダイナミック・プライシング」です。

この記事では、ダイナミック・プライシングを巡る状況についてお話しします。

※ダイナミックプライシングの意味や導入事例については以下の記事で解説しているので、あわせてご覧ください。

【関連記事】ダイナミックプライシングとは?5つの導入事例とビジネス活用時の検討事項

本記事の執筆者
  • データサイエンティスト
    登内 茂樹
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    アナリティクスコンサルティングユニット
    役職
    マネジャー
    大学院卒業後、オペレーションズリサーチ専門の技術職として官公庁で分析・研究開発業務に従事。2018年ブレインパッド入社。プラクティス開発担当としてダイナミックプライシングの手法開発に従事している。また、レビュアーとして案件のレビューを行うほか、自ら案件を手がけることもある。

4Pのうち価格戦略だけが最後に残っていた

マーケティングの4Pである、Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(プロモーション)。

マーケティングの4Pはご存知のとおり、Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(プロモーション)の4つを指します。このうち「Price(価格)」は、企業にとっては利益に直接関わる要素となりますし、顧客にとっては購入時のハードルとして作用します。安すぎても利益が出ませんし、高すぎると買ってもらえません。当然の事ながら、「価格を適正に決める」ことは、企業の利益を最大化します。

ある論文には、平均的な企業では価格を変えずに販売量を1%増加すると営業利益が3.3%改善します。一方、販売量が減らないと仮定して価格を1%引き上げた場合、営業利益は11.1%も改善します。プライシングには「販売量増加のおよそ3〜4倍の利益改善効果」があるわけです。逆に言えば、プライシングが「適正価格」より1%でも低ければ、大きな利益を失うことになります。

このようにマーケティング4Pの中でも重要であるプライシングですが、プライシング以外の4Pと比較すると、AI活用があまり進んできませんでした。

たとえば「製品(Product)」においては、ユーザーへのアンケートを分析して製品開発に役立てたり、素材の組み合わせをシミュレーションし、研究開発を進めるといったことが進んでいます。「流通(Place)」においては、需要予測とそれに基づく在庫管理、配送管理といった応用が現在盛んに行われています。「プロモーション(Promotion)」においては、ネット広告におけるオークションの仕組みや宣伝広告の効果分析などに以前からAIが取り入れられてきました。

このように、プライシング以外の4Pは、AIやデータを活用して最適化を図る取り組みが盛んであるのに対し、価格に関しては最適化の取り組みはなかなか行われていません。

価格への取り組みとして、主に「静的な最適化」が想起されます。普段の販売時の固定的な価格が適切か否かを過去の売上データをもとに検証するプロセスで実現しますが、ここでは、この記事の主題である「ダイナミック・プライシング」についてお話しします。


ダイナミック・プライシングとは

ダイナミック・プライシングとは、商品の価格を時々刻々の状況に応じて変更することにより、高い利益を得ようとするプライシングのことです¹。ダイナミック・プライシングを導入すると、「同じ商品の販売価格が、頻繁に変動する」ことになります。

日本のメディアで「ダイナミック・プライシング」という言葉が使われるようになったのは、2017年頃からと言われています。しかし、ダイナミック・プライシングの歴史は意外に古く、1970年代には既に考え方が発表されています。その後、1980年代、アメリカン航空による米国内線航空券を皮切りに、欧米を中心に「航空券・ツアー料金・高速道路料金・電気料金」などの商材への適用が徐々に進みました。日本では、最近「ホテル・観戦チケット・ネット小売業」への適用が徐々に進んでおり、さらに最近は、「実店舗」への導入事例も出始めています。

実店舗への導入が最近までなされなかったのには理由があります。ダイナミック・プライシングを導入するためには、メニューコスト(価格を調整することによって生じる費用)が小さくないといけないためです²。従来型のスーパーでは、閉店が近づくと、売れ残った生鮮食料品にシールを貼って値下げすることで、購買を促すということが行われて​​います。これと同じことを、多くの商品に対し、かつ頻繁に行うとなると、作業コストはかなり膨大に増えます³。しかし、数年で状況は変わってきており、実店舗で「電子棚札(ICタグ)」を用いることで、メニューコストが大幅に削減し、ダイナミック・プライシングを実現する環境が整いつつあります。

¹利益を主目的としない場合もあります。例えば、電力のダイナミック・プライシングは価格を変更することで、ピーク時の電力需要を供給能力と均衡する水準にまで抑えることで、ブラックアウトなどの深刻な事態を防ぐのが目的と考えられます。

²最初にダイナミック・プライシングを導入したアメリカン航空はシステムで価格管理をしていました。

³閉店が近づくと、売れ残った生鮮食料品にシールを貼って値下げするのも「ダイナミック・プライシング」ではないのかという疑問があるかと思います。確かに、そのように見なすことも可能です。ただし、言わば人力によるダイナミック・プライシングであり、価格変更の頻度、対象品の数の点で限定的なものです。


変動する価格を「顧客が心理的に」受け入れられるかがポイント

価格変動を顧客が受け入れられるかは重要な問題です。同じ商品であれば、できるだけ安く購入したいと顧客が思うのは当然のことです。そのような顧客心理には慎重に対応する必要があります。

航空券、ホテル、観戦チケットなどのケースでは、販売商品の数量があらかじめ決まっており、顧客も価格変動を意識しやすいと思われます。希少性が価格が高いことを正当するため、顧客はある程度は価格変動(値上がり)を受け入れるようです。

また、アパレル商品の場合、在庫状況に応じて、シーズン中盤以降に値下げすることがありますが、顧客の立場からは、「着用機会数と価格」のトレードオフになるため、ある程度の価格変動(シーズン初期の価格が高い)を受け入れるようです。

ダイナミック・プライシングの実施

では、企業は具体的にどのようにプライシング(ダイナミック・プライシング)を行っているのでしょうか。

シンプルな価格決定方法として、競合製品の価格に追従する方法があります。例えば、業界最安値を参照し、最安値に追随して同じ価格にする、最安値より少し高くする、などの価格設定を行う方法です。価格設定を”市場に委ねる”側面が大きく、あまり主体的な意志決定とは言えませんが、技術的課題は少なく、家電販売など価格競争が激しい業界では実際に採用されているケースもあると思われます。

別のアプローチとして、”予測需要と手持ちの在庫数”との兼ね合いで価格を決める方法があります。需要予測モデルを構築する必要がありますが、手持ちの在庫数を考慮して、利益が最も大きくなるような最適価格を決定することができます。

このアプローチでの技術的課題は主に「需要予測」にあります。ダイナミック・プライシング特有の課題の一例として、価格反応情報の取得に関するものを説明します。

アパレル業界を例にとって説明しましょう。

アパレル業界では、シーズン物の販売でマークダウン(最初の設定価格から徐々に値下げして売ること)が行われています⁴。多くの場合人手で行われていますが、これをAIを活用して行おうという取り組みがあります。AIを活用することで客観的な価格設定を、多種類の商品に対して行うことが期待できます。

商品をいろいろな価格で販売した場合の需要データがあれば、そのデータを学習することで需要予測モデルは様々な価格に対する需要を予測できます。その予測需要を元に最適価格を求めることができるのです。

ところが、最初から「いろいろな価格で販売したデータ」が手元にあるわけではありません。特に、通常の販売方法の場合、販売開始後、一定期間経過後の最初に値下げをする段階では、1種類の価格(定価)での販売データしかありません。そのため、最適価格を求められるようになるために、価格をいろいろに変えて販売し、そのデータを蓄積する必要があります(これを「探索」といいます)。

探索に時間をかけ、データを多く蓄積すれば信頼性の高い最適価格が求まりやすくなります。しかし、商品の販売期間は限りがあるため(また商品自体の在庫数にも限りがあるため)、探索にばかり時間を割くことはできません。また、探索のための価格設定をいくらにすべきかという問題もあります。いかに価格反応情報を効率的に得て、目先の期間でなく販売期間全体で利益の最適化を実現するかが課題となります。

ダイナミック・プライシングを実行するためには、このような問題以外にも、需要の時間的な変化、競合他社の影響、自社販売商品間でのカニバリゼーションなども併せて考慮する必要があります(これらは、SCMを目的とする通常の需要予測にも共通した課題です)。

このアプローチからのダイナミック・プライシングは、現在でも活発に研究が行われています。技術的なハードルはまだ高いと言えます。しかし実用化が少しずつ進んでいるのも事実です。

⁴この例の場合、価格変更は値下げのみ、価格更新頻度は週単位のダイナミック・プライシングと見なすことができます。

チャレンジできる環境は整ってきた

冒頭にも述べましたように、プライシングにおけるAI活用は、マーケティングの4Pの中では「最後に残った難関」です。技術的にも難しく、データの収集も容易ではありません。経済の影響を受けやすく、顧客の納得を得るという難題も存在します。

プライシングの成功は、販売数の伸長よりも効果が数倍高いという研究結果もありました。ビジネスインパクトとしては極めて大きいのです。

さらに需給マッチングの効果として、チケット等の不正転売防止や食品ロス・衣服ロスの減少など社会的課題の解決にも結びつく可能性があります。

店舗におけるオペレーションコストについては、電子棚札の登場でかなり軽減できるようになりました。初期投資の必要はありますが、投資対効果が高く、短期間で回収できるのではないでしょうか。技術的な問題はAIの日進月歩の発達で徐々に解消されており、データの不足についてはクラウドでのデータ蓄積やサードパーティーデータの充実で解消されてきています。

とはいえいきなりのチャレンジはハードルが高いかもしれません。他の3PでAIの効用が感じられるようになった段階でダイナミック・プライシングも組み合わせていくといった、段階的な取り組みを推奨します。

弊社でも、最先端の技術動向を踏まえながら、お客様の課題解決のための技術開発を進めてまいります。


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株式会社ブレインパッドについて

2004年の創業以来、「データ活用の促進を通じて持続可能な未来をつくる」をミッションに掲げ、データの可能性をまっすぐに信じてきたブレインパッドは、データ活用を核としたDX実践経験により、あらゆる社会課題や業界、企業の課題解決に貢献してきました。 そのため、「DXの核心はデータ活用」にあり、日々蓄積されるデータをうまく活用し、データドリブン経営に舵を切ることであると私達は考えています。

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