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執行役員 ソリューションユニット副統括の紺谷幸弘です。
3編に渡りお届けした、「データサイエンティストの強みをどのようにビジネス価値につなげていくか~キーワードは「2つの実コウ性」~」では、DXを推進する上で、ビジネス価値の高いプロジェクト成果物を得るためにデータサイエンティストの協力を仰いだり、データサイエンティストのマネジメントをしている方に向け、データサイエンティストのモチベーションやキャリア構築を考えるヒントの提供を目指しました。
その中で、データサイエンティストのキャリアを論じるにあたり、高難度化しやすい「大規模・複合型プロジェクト」を簡単にご説明しましたが、この特別編では、前後編の2部構成にて大規模・複合型プロジェクトが難しい3つの理由について、より踏み込んで論じたいと思います。
後編では、「大規模・複合型プロジェクト」が高難度化する第2の要因である「プロジェクト進行に必要となるコミュニケーションコストの大きさ」と第3の要因である「重視される実コウ性」のシフトについてお話します。
前編でも触れましたが、大規模・複合型プロジェクトが難しい要因として、本稿執筆時点の著者の周囲の例に基づきお話させていただくならば、以下の3つの要因の影響が大きいと考えています:
実は、上記の1.と3.は、大規模・複合型プロジェクトに限らず、小規模な分析プロジェクトにも含まれる要素です。大規模・複合型プロジェクトの場合、上記の要素がプロジェクトの進行上、甚大な影響を及ぼしやすいというのが重要な違いであると著者考えています。
本稿では、上記の3つの要因のうち、第1の要因である「PoCフェイズにおける2つの不確実性」についてお話したいと思います。
前編ではPoCフェイズに限定してお話しましたが、PoCフェイズに限らず実効性(ビジネスインパクト)の見積もりから実行までをカバーするプロジェクトにおいては、実行可能かつ実効性の高いソリューションを実装・運用するために試行錯誤が行われるのが常です。試行錯誤が繰り返されるほど最終的なソリューションの2つの実コウ性の水準が高くなると言って良いでしょう。言い換えれば、ソリューションの品質を上げるには、フットワーク軽く方針を調整し、実装と実験を繰り返せるようにすること、すなわち、プロジェクトの機動性を高く保つことが必要不可欠と言えます。
「プロジェクト関係者間の合意形成に掛かるコミュニケーションコスト」はこの「プロジェクトの機動性」に直結する要素と言えるでしょう。 なぜなら、合意形成が必要となるプロジェクト進行上の意思決定の粒度が細かくなったり、合意形成が必要な関係者の規模やレイヤーが上がるほど、コミュニケーションコスト、具体的にはコミュニケーションの準備・根回し・調整やそれらを待つ時間が大きくなり、機動性が低下するからです。
以下の表はプロジェクト進行上のコミュニケーションコストに影響する要素の内、特に大規模・複合型プロジェクトで顕在化しやすいものをまとめたものです:
上記要素が絡むことの根本的な難しさは、上記の要素は全て、プロジェクトの成果物が2つの実コウ性を備えたり、プロジェクトを進めていく上で本質的に必要なものである、という点にあります。大規模・複合型プロジェクトに取り組む以上、「コミュニケーションコストになるので取り除いてしまいましょう」とは一概に言い切れず、むしろ必要不可欠な要素であるとも言い換えられるでしょう。
大規模・複合型プロジェクトが高難度化しやすい最後の要因が「重視される実コウ性」のシフトです。このシフトの存在によって、プロジェクト全体の成果物の2つの実コウ性のバランス、場合によって各実コウ性の大きささえも、事前に想定されたものとはネガティブな方向に異なったものになるリスクが大きくなります。
大規模・複合型プロジェクトでは、成果物の設計から実装、ビジネス適用に至るまで、多様な部署(機能組織)の関与が必要となるのが一般的です。理由はプロジェクトを構成する各フェイズで必要となるスキルセットが異なることにあります。結果として、フェイズ毎に進行のリードおよび実務を行う部署が異なるという状況がしばしば起こります。
「重視される実コウ性」のシフトは、上記のようなフェイズの進行に伴いリード部署が遷移することにより、2つの実コウ性の内、どちらの方に重点が置かれるかが各フェイズにより遷移していくという状況を表しています。
それでは、「重視される実コウ性」のシフトはどのように起こるのでしょうか?
論を進めるにあたり、主要な4つの人格を考えます:
A. ビジネスKPI責任者(あるいはその代表者)
B. ビジネス実務担当者(あるいはその代表者)
C. データサイエンティスト
D. 機能実装担当者
各人格の役割りや関与するフェイズ、関心事、それらに由来する2つの各実コウ性に対する関心の大きさは下図のように表すことができるかと思います:
この4つの人格がプロジェクトの各フェイズにおける関与割合をプロットしてみましょう:
全体としては、各人格の役割や各フェイズの実施タイミングにおいて明らかになっている情報や実施内容に由来し、実効性に対する関心が高い人格の関与から、実行性に対する関心が高い人格の関与に遷移していき、実際に適用・運用されるフェイズにおいて再度、実効性での評価がなされるという流れです。
上記の流れについて、重視される実コウ性の比重に着目すると、以下のような図で整理できるでしょう:
フェイズの進行に伴い、「重視される実コウ性」のシフトが起こるのはご理解いただけたかと思います。
ところで、このシフトが発生することがなぜ問題なのでしょうか? 事前の設計通りにフェイズ毎の成果物が作成されれば、各フェイズをどのような部署がリードしたとしても、2つの実コウ性は保たれているはずです。
一言で回答するなら、「プロジェクトが事前の想定通りに進まないことに由来し、各フェイズの成果物がリード担当部署にとって”都合よく”設計・実装されてしまうから」です。
プロジェクトが想定通りに進まないのは、プロジェクトの規模に依存するものではありませんが、大規模・複合型プロジェクトの場合、以下のような点から想定通りに進むことはほとんどありません。
プロジェクトが事前の想定通り進まないとどのようなことが起こるでしょうか。
当然、想定外の事象に対する判断や対応が必要になりますが、この判断や対応は当該フェイズのリード担当部署が行うことになります。
もちろん、プロジェクト進行において大きく影響する判断については、プロジェクト関係者との相談や検討・調整が必要になりますが、「いま直面している事象がプロジェクト関係者と相談・検討すべき重大なものか」はリード担当部署が判断することになります。この判断基準を適切に保つことが重要なわけですが、例えば以下のようなシチュエーションにおいてプロジェクト関係者に対する相談・検討の必要性の判断基準が引き下がりがちです。
判断基準が引き下がると、リード担当部門の理解の範疇で意思決定が行われることになります。
ここがまさに「実コウ性のシフト」が問題となるポイントです。
2つの実コウ性に着目して言えば、担当部署が両実コウ性を評価して上で意思決定を行いますが、このためには2つの実コウ性の重要性とそれらを維持するための制約を正しく理解している必要があります。
前述のように、各担当部署がどちらの実コウ性を重視するかは、各部署のミッション、より具体的には業務に強く紐づいています。このことから、自身が重視する実コウ性を維持するための制約はよく理解している一方、そうでない実コウ性を保つための制約の理解は十分でないケースが一般的でしょう。このような状況において判断を行うということは、例えば、ある想定外の事象に複数の対応策があるとき、「重視していない実コウ性」が正しく評価されていない、いわば「目隠し」のような状態で意思決定を行うことになるということに他なりません。
例えば、前編で触れた子プロジェクトBの場合、PoCフェイズ内において以下の2つのコンセプトが検討されていました。
この例では、どちらのコンセプトを採用するかによって、実行面への影響、具体的には実際に運用に落とそうとしたとき、必要になる準備や体制が全く異なります。
ところが、PoCフェイズにおいて、当該フェイズを担当しているデータサイエンティストが実行面に対して関心が薄く、具体的な業務内容をよく理解していない場合、「実行面への影響範囲」が適切に評価・考慮されないまま、実務運用担当部署との調整や相談を行うことなく、試算上「どのくらい欠品や納期遅延リスクを減らせそうか」だけを基準に当該フェイズの検証および成果物を決定してしまう可能性があります。
上記は極端な例ですが、程度の違いはあれど、上記のようなシチュエーションが発生するリスクはプロジェクト内に遍在していると言えます。このような「視点の偏った意思決定」が積み重なる結果、各フェイズの成果物はリード担当部署にとって「都合よく」設計・実装されていくことになります。
厄介なのは、意思決定を適切にするための他部署を交えた検討、調整は、プロジェクトの成果物が2つの実コウ性を備えるために本質的に必要なものであり、上記のような「偏った視点での意思決定」の負債はプロジェクトのどこかで必ず返さねばならないということです。
典型的には、実行面への影響の負債は後ろ倒しされ、実務への適用フェイズを経て、実効性が縮退する形で代償が払われるケースが多いように思います。具体的には、PoCフェイズにおいて有望とされたロジックが実際の業務制約の範疇で実装できないことが実地検証や本格適用の準備フェイズになって判明し、実行できる形にロジックを変更した結果、PoCフェイズ終了時に想定されたビジネスインパクトが出なくなるという具合です。途中でプロジェクトがペンディングとなることもあるでしょう。
上記はプロジェクトに関わるメンバーの能力や熱意とは別に生じ得る、構造的な問題であるという点が本質的にその解消を難しくしていると筆者は考えます。
連載「大規模・複合型プロジェクトが難しいワケ」では、筆者が考える大規模・複合型プロジェクトが難しくなる3つの理由とその要因についてお話しました。結果としては以下のようにまとめることができます:
また、3つの理由の主な要因はいずれも、小規模な分析プロジェクトにも含まれる要素であるものの、プロジェクトの規模が大きくなるほど、プロジェクトに対するネガティブな影響が大きくなるものであることにも言及しました。
プロジェクトの高難度化は過小評価されがちです。多くの場合、プロジェクト開始時に想定する(意図的に、あるいは戦略的に、把握を後回しにした)プロジェクト関係者に共有されていない情報の量は想定以上に膨大で、したがって、各ステークホルダーからするとプロジェクトの進行に伴って新たな情報が増え続けることになります。この「未共有の情報量とプロジェクト全体への影響の過小評価」によって、結果として、プロジェクトは想定以上に高難度化すると言えます。
高難度化の要因に対する対処法については、「【後編】データサイエンティストの強みをどのようにビジネス価値につなげていくか~キーワードは「2つの実コウ性」~」の「大規模・複合型大規模・階層型プロジェクトへの向き合い方」の節で触れておりますので、改めてご確認いただければと思います。
読者のみなさまが、大規模・複合型プロジェクトを推進される上で、本稿がお役に立てれば幸いです。
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