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本記事では、DXを現在進行で推進されている「JR東日本様」に、実際に取り組まれている推進内容についてご紹介いたします。
など、多岐にわたってお話しいただきました。DXをスタートさせたいものの、そもそも何から取り組んでいいのか分からない方は特に参考になると思いますので、ぜひご覧ください。
※本対談は、2023年6月5日から6月16日にかけて開催された日本最大級DXオンラインイベント「DOORS -BrainPad DX Conference- 2023」で配信されたものです。他にも収録されたコンテンツがあるので、読んでみてください。
▼本対談の登壇者一覧
※所属部署・役職は収録当時のものです。
ブレインパッド・西村順(以下、西村) 本セッションでは、JR東日本の渋谷さんから、データマーケティングの取り組みや経営と現場を繋ぐ人材の育成、内部と外部の活用に関して、ブレインパッドも含めた外部の企業とどのように取り組んでいくのかという点も含めて議論を深めていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
では一つ目のトークテーマとして、JR東日本様のデータマーケティング戦略についておうかがいしていきましょう。渋谷さんが所属されているマーケティング本部の役割やデータマーケティングユニットのミッションを教えていただけますか?
JR東日本・渋谷直正氏(以下、渋谷氏) 皆さんは、JR東日本は「鉄道会社」と認識されているかと思います。それはもちろんその通りなのですが、実はそれ以外にも多くの事業を展開しておりまして、大きく分けると3つの事業が存在します。
鉄道と非鉄道の事業の売上比率が6:4くらいになっているのですが、少子高齢化やコロナ状況も考慮すると、会社としてはこの経営バランスを5:5にしていこうと動いています。
今までの組織体制は、鉄道は鉄道部署、鉄道以外のサービスは鉄道以外の部署というふうに分かれていました。しかし鉄道開業150年にあたる去年(2022年)6月に、鉄道営業部門と非鉄道部門を統合するという組織改革を実施しました。そこで新しくできた部門がマーケティング本部です。
私の部署ではマーケティング本部で鉄道、非鉄道を含めた顧客のデータを活用して、事業バランスを5:5にしていくことを目指しています。特に非鉄道分野を伸ばしていくことが求められています。
西村 非鉄道を伸ばすことに関して、渋谷さんの仮説や今の現時点のお考えをより詳しく教えていただけますか?
渋谷氏 去年マーケティング本部を立ち上げたと言いましたが、それまでは当社にはマーケティングという名の付く部署が存在しませんでした。
鉄道会社には、顧客を「マス」として捉える特性があると思います。電車に乗る時、お名前をいただくことはないですよね。ここが、私が最初に所属していた航空会社との大きな違いです。飛行機に搭乗する際は必ずお名前をいただくので、最初から顧客を「個人」として捉えています。航空会社はマイレージ制度に代表されるようにCRMに関しては30年以上前から取り組んでいたわけです。
しかし鉄道業界の特性上、そういったCRMのような仕組みは実現したくでもできなかった。またそのような発想もなく、ざっくりとした乗車人数でしか顧客を捉えられていなかったと言えます。
ただ現在はJR東日本ではJREポイントという会員制度を作り、Suicaの利用履歴に紐づいたデータを保有しています。そのため、個人ごとの移動や行動が把握できるようになりました。これは鉄道業界にとって画期的な変化だと私は思っています。
特に非鉄道分野は顧客の様々なニーズが分からなければ適切なアプローチはできません。したがって「データを使ったマーケティングをJR東日本も行わなければならない」という背景が生まれたのです。
西村 今まではなかったデータも扱えるようになり、マーケティング本部がなかった組織にマーケティング概念を取り入れていくと考えると、何から着手すれば良いのか分からなくなりそうですよね。すごく広大な領域と言いますか。その中で注力されているミッションは何ですか?
渋谷氏 私のいるデータマーケティングユニットでは、ミッションを3つ定めています。
また、私個人のミッションは2つありまして、
これらを推進していくために日々活動に取り組んでいます。
西村 ブレインパッドはJR東日本様関連でいくつかお仕事をさせていただいております。「JRE MALL」や「大人の休日倶楽部」、「えきねっと」といったところに、ブレインパッドのデータビジネスプラットフォーム「Rtoaster(アールトースター)」を提供させていただいている状況です。ビューカードさんも人材育成という面でブレインパッドがサポートさせていただいており、渋谷さんの応援もあって今も取り組んでおります。
渋谷さんの「航空会社から鉄道会社に転職された」というご経歴ですが、どちらも経験したことがあるという意味では業界の中でも稀有な存在ですよね。そんな渋谷さんから見た時に、鉄道業界のデータマーケティングにはどんな伸びしろがあると思われますか?
渋谷氏 航空会社の場合はデータが非常にきれいな形で整備されています。マイレージの会員番号をキーに管理されており、データの会員カバー率も高いので、顧客に対して非常にアプローチしやすい環境が整備されていると思います。
ただし飛行機の場合、年間に何回も乗る方は多くありません。ほとんどの方は一年に一回ぐらいかと想定されます。一方で鉄道は頻繁に利用され、利用回数も人数も膨大です。それだけでなく、鉄道に限らずさまざまなサービスも利用される(例えばSuica電子マネーでショッピング)ので、データの観点で見ると縦(会員数)も横(利用範囲)も広いです。大量のデータを扱うのは大変ですが非常にやりがいがあり、顧客を深く知れるという意味では楽しい業界です。
西村 航空会社よりもデータ領域が広いということですね。このあたり、佐藤さんの立場からすると、人数のカバレッジや大量のデータを扱う辺りは面白みを感じられますか?
ブレインパッド・佐藤洋行(以下、佐藤) 面白いです。特に「移動」のデータが面白いですね。移動のデータは個人の特徴を表しやすく、いくつかのパターンもあると考えているので、そのあたりを解き明かすというのはいちデータサイエンティストとしてやりがいを感じます。
一方で、SuicaやJREポイントなど、その他のサービスも含めて、それらのデータは必ずしも顧客の属性に全て紐付いていない場合もあります。その点が難しいと思われるのですが、このあたり渋谷さんはどのようにお考えですか?
渋谷氏 航空会社ではシステムを作る時にマイレージ番号をキーにするようになっています。そのため、システムも施策も基本的にマイレージ番号に寄せていく発想がありました。
対して、確かに鉄道業界は、顧客情報のいわゆる「One ID化」のような仕組み化が進んでいないです。せっかくデータを持っていても紐付かず、もったいない状態になっている。そのあたりを今は少しずつ改善を進めている最中ですね。
佐藤 昔はアノニマス(匿名性が高い)なデータでも「通勤パターン」から会社員やパートといったセグメントを識別できましたが、多様な働き方が可能な現在では難しそうですね。
渋谷氏 おっしゃる通りですね。ある程度ミクロな集団で見ていかなければ顧客のニーズが把握できないです。
西村 データの流動や社風、文化も違う中で実際にデータマーケティングをどう立ち上げるのか、DXをどう推進したらよいのか悩まれている方々も多いと思います。
そこでおうかがいしたいのですが、渋谷さんが航空会社から鉄道会社に転職されて、航空会社と鉄道会社のマーケティングにおけるギャップのようなものを把握した上で、まずどこから・何に着手しようと思ったのか、どこに着目してどんなことを推進しようと思われましたか?
渋谷氏 最初に取り組んだ大きなものは2つあって、1つ目は分析ツールやMAツールなどの導入。いわゆるデータ基盤環境やシステム環境の整備ですね。具体的には、一箇所にデータを集めるという、いわゆる統合データマート(CDP)のようなものを、現在急ピッチで作っています。間もなく会員番号をキーにして数百項目に及ぶデータマートができる予定です。
2つ目は社員の意識改革です。マーケティングに対する楽しさや必要性を伝えながら、社員のマーケティングに対する意識を改革していこうと取り組みました。
西村 なるほど。とても良いお取り組みですね。一方で、ブレインパッドもさまざまな企業様をサポートする中で「DXの文化情勢」や「マーケティングの意識改革」といった号令は目にするものの、「じゃあ、具体的に何をするのか?」がなかなか見えてこない企業様も少なくありません。
西村 そこで二つ目のトークテーマ「マーケティングに対する現場の意識改革」に移りたいのですが、渋谷さんの場合、「社員の意識改革」においてどんなことを意識し、どういう風に着手されたのか、ご経験をお聞かせいただけますか?
渋谷氏 DXやマーケティングを進める現場の人たちには「腹落ち感」と「手触り感」を最初に感じてもらうことが重要だと思っています。
例えば、車を運転したことが全くない人に対して、車を運転する楽しさや価値観を伝えても、あまり響かないですよね。「よく分からない」「別に運転したいとは思わない」と思われてしまう。だから腹落ち感が大切だと言えます。
そこから理解が進めば、「運転できたら楽しそう」「色んなところに自分で自由に行ける」と思うようになり、すると「果たして自分は運転できるのだろうか」という自分事として考える感覚が肌触り感です。この二つの感覚は大切ですね。
データマーケティングの話に置き換えると、データを使ったマーケティングは「楽しい」とか「凄い」という感覚をまずは味わってもらいたかったのです。
JR東日本でも、私が来る前から、現場の方々が勘と経験とアイデアから様々な施策が展開されていました。この取り組みは素晴らしいものであり、私も前向きに捉えていました。だからそれに加えて「Suicaのデータを使えば、属人によらない科学的・再現性のある施策が打てるから、経験と勘プラスデータマーケティングを実施していきましょう」といった話をしたのです。決して勘と経験を否定してデータに「置き換える」のではなく、勘と経験を尊重しつつデータを「追加する」ということです。
ただ当時の周囲のリアクションは「ふーん」程度の反応で、いまいちデータマーケティングの価値を伝えきれなかった。そんな概念的な話をされても、ふつうは腹落ちはしないですよね。そこで、簡単な予測モデルを作ってみて、価値に気付いてもらおうと考えました。少し前に実施したキャンペーンの結果データがあったので、私が簡易的に実際に分析してみせたのです。
すると、AUC(予測モデルの精度を測る指標。一般に0.8以上は望ましい)=0.9を超えるくらいの非常に精度の高い予測モデルが作れました。そういう実例を見せることで、改めてデータ活用の凄さや価値に気付いてもらいました。データを使ったらもっと面白いことができそう、という空気が少しずつできあがったと思います。これが最初のステップでした。
西村 理解を実感していただくのは大事ですよね。佐藤さんもデータ活用の支援をする際、クライアント様に「データに関してはとにかくよくわからないけど、とりあえずお願い」くらいの粒度でご提案いただいた時は、いったんクライアント様にデータに関して把握していただくことからスタートするケース、ありますよね?
佐藤 はい、あります。ブレインパッドが業務支援を行うときは、「データを活用することで生まれる価値」を、まずは小さなテーマから、手触り感で分かるくらいに理解していただくところからスタートしていますね。
いきなり大きなテーマに取り組むと難しく「よく分からない」事態になり、信頼を失ってしまう場合もあるので、ブレインパッドとしてはそのあたりにも気を付けています。
西村 ブレインパッドが支援してきた中でも、渋谷さんのような「自分で手を動かし、分析し、モデルを作り、予測する」ことができる方が事業会社側にいるケースは稀です。ここまで行えるリーダーは正直あまりいらっしゃらないのではないでしょうか。
渋谷さんのようにまだそこまでスキルが拡張されていなくとも、現場に手触り感や腹落ち感を持ってもらうためにはどうしたらいいのか、アドバイスはありますか?
渋谷氏 私はたまたま自分で手を動かせましたが、そういう人が社内にいなければ、外部のプロにお願いしてしまえばいいと思います。ただ、単にお願いするのではなく、まずは「データマーケティングを実践することで得られる結果」を「体感」してもらうことが大切です。そこを外部のプロの方に伝えて、お願いするのがいいのでないかと思います。
佐藤 クライアント様がデータマーケティングに関するアイデアを持っているケースは多いのですが、アイデアを実際に実行するとハードルを感じられてしまうこともまた多いのですよね。だから「簡単なことからまず取り組んでみる」クライアント様は非常に多いですね。そういったところからブレインパッドにご提案いただくこともあり、とても有用かと思います。
渋谷氏 先ほど例え話で車の話をしましたが、自分で運転したいと思ってもできない場合は、プロに運転席に座ってもらい、自分は助手席に座る形式からスタートしても問題ありません。そうしていくうちに「今度は自分も運転席に座りたい」となり、少しずつ成長していけますから。
ブレインパッドのような支援側の人がクライアント企業のデータ分析をする場合、そのクライアント企業が属する業界のことを熟知していないと的外れな分析になることがあるのではないかと思います。実際、外部からデータ分析のプロとして参画するにあたり、怖さを感じる面はないですか?
佐藤 外部のサポーターには二つの役割があると思っています。
まず一つ目は「仮説の検証の道筋を立ててあげる」こと。データ活用によってたどり着きたいゴールや、ゴールに至るまでの課題感はクライアント様の方が明確に把握されていらっしゃいますので、そのゴールへのたどり着き方や課題の解消方法を我々は支援いたします。
車のお話で言えば、「あの場所に行きたい」「このルートを通りたい」という視点をクライアント企業様やご担当者の方が持っているものの、「車の運転の方法を知らない」「あの場所に行けると思うのだけど、行き方が分からない」と頭を悩ませている。そこに対し、車の運転の仕方を熟知している我々が目的地まで導くようなイメージです。
もう一つの役割は「第三者だからこそ言える新たな視点を提供する」こと。例えば、新規獲得とCRMが部署で分かれている企業様がいるとします。本当は両方の部署に絡み合っているはずのKPIを無視し、それぞれが単独でKPIを追いかけてしまったゆえにうまくいかない、というようなケースは少なくありません。
私が実際に経験した具体的な例を出します。
とあるサブスクリプションサービスを行うクライアント様で「解約を抑止する」というミッションの部署がありました。その部署は解約率の時系列だけを常にウォッチしながら分析をしていました。
しかし解約数は、入会数とある程度の相関があるので、入会者の人数も同時に追わなければデータ分析はできないとお伝えしたところ、「確かに」と。
こういった、客観的な視点からサポートする役割も重要かと思っています。
渋谷氏 一つ目の点は自分たちがレベルアップすればある程度解決できる可能性はありますが、二つ目の点は共感できる部分が多いです。言われてみれば当然なことも、会社の内部にいるとなかなか気付けないことってありますよね。私も中途入社なので、そういう気づきが頻繁にあります。そういったフィードバックを外部の方から指摘していただけるのはメリットですね。
西村 バリューチェーンや部門の横断ができることが、第三者の価値でもあると思います。このあたりは我々が普段から意識している部分でもありますね。
西村 では、次のテーマに移りましょう。DX推進担当者の方のよくあるお悩みとして「経営層へのDXに対する理解が得られない」「短期的な成果を求められて、どうDXを進めたらいいか分からない」というお声が多いです。
こういったお悩みを、渋谷さんはどのように乗り越えられましたか?
渋谷氏 私は現場も見ながら、一方で経営陣とコミュニケーションする機会もあるため、どちらの立ち位置も理解できるのですが、結論から言うと、そういうレイヤーや立ち位置は一切関係なく「腹落ち感」が重要だと思っています。とにかく経営でも現場でも「腹落ち感」がなければ人は動かないですよね。
具体的な方法として、まず「途中経過でもいいから進捗していることを見せる」。そして、論より証拠のようなイメージで「実際の小さな成功体験を見せる」。これを実践することで、経営も現場も意識改革を促せます。
例えば「料理が作れる」と言って紙やイラストに料理の絵を描いたとしても腹落ちしませんよね。だから実際に作る。もしくは作っている過程を見せる。そうすると「ああ、こうやって料理を作るのか」と腹落ちします。その次に、料理を食べてもらう。実際食べてみればおいしいのか、どういう味なのか、すぐにわかってもらえます。こうして小さな成功体験を実感してもらう。
大規模な成功を最初から追わず、まずは小さな結果を見せること。そしてそれまでの過程を見せていくことで、DXに対する見られ方も徐々に変わっていくはずです。
佐藤 なかなかそういう風に考えられている方は少ない傾向ですね。多くの方は、「経営層には大きな結果を見せなければならない」と意識している印象です。そんな中、渋谷さんは、経営層も現場と同じように手触り感と腹落ち感が重要であるという点に、どのようにして気付かれたのでしょうか?
渋谷氏 現場は少しずつ動いています。この現場の動きをそのまま見てもらったところ、経営層からは「進んでいる」「結果が出ている」「順調に進んでいる」という前向きな反応をもらえました。このタイミングで、現場も経営層も同じなのだと気付きました。
「ホームランを打てたら経営層に報告しよう」と考えるのではなく、「バットを振って10本に1本ヒットが出ている練習風景を見せよう」というようなイメージですよね。
西村 経営層は、プロセスはあまり分からないから現状がどうなっているのかを聞きたくて「結果」や「成果」を求めることが多いのだと思います。対して現場側は「PL(損益計算書)にヒットする大きな結果が出るまでは、なかなか報告できることがない」と思ってしまうような構図が、よくあるんじゃないかと思います。そんな中で渋谷さんのように途中経過を都度見せられれば、プロセスが把握されて、どこに向かって進んでいるのかも理解されるので、確かに前向きな変化を遂げられると思いました。
西村 次のテーマに移ります。現代のDX推進において、「内製化」と「外部活用」が大きな論点になってきています。JR東日本様の内部にいらっしゃりながら、外部(ブレインパッド)からの支援も受けられている渋谷さんが意識されていることは何かありますか?
渋谷氏 私の中では「内製化」は重要なキーワードです。「JR東日本のデータを分析するのであれば、JR東日本の社員の分析に敵う存在はいない」と私は信じていますし、そうあるべきだと思っています。だから基本は内製化なのです。
それでも全て内製化ができない場合は、ブレインパッドのような支援会社にお願いする。ただし、丸投げは慎まなければならないと思います。どの領域のどの課題をお願いするのか、自社と支援会社で役割を明確に切り分ける必要がありますね。
例えば比較的単純な作業や分析。マンパワーが足りていない領域をアウトソーシングで補ってもらうようなケースですよね。
ただ、それよりももっと重要なのは「事業会社だけでは成し遂げられない・支援会社にしかできない高度な分析」をサポートしてもらうことの方が価値があると思います。
高度な分析が何を意味するかというと「モデリング・アプローチ」です。
分析のアプローチは大きく分けて、ツールボックス・アプローチとモデリング・アプローチの二つに分かれます。
機械学習や予測分析と言われているプロジェクトは大半がツールボックス・アプローチです。決まったアルゴリズムがあり、データを投入すれば何らかの答えが返ってくる。ある程度すでに分析フローが決まっているアプローチで、AIプロジェクトとも呼べる領域です。できる人材は現状では少ないものの、いずれこの領域は内製化を進めたいと思っています。ツールを使えるようになれば誰でもできることだからです。
一方で事業会社ではできない「モデリング・アプローチ」は高度な分析で、いわゆるオーダーメイド分析ですね。既存のアルゴリズムでは解けない難しい課題がある場合、一から設計する必要があります。数理やさまざまな背景知識を理解していなければなりません。ここを内製化するのは非常に難しいので、こういった領域を外部のプロに支援していただきたいですよね。
佐藤 確かにモデリング・アプローチは高度ですね。ただ、ツールボックス・アプローチも場合によってはモデリング・アプローチに近い場合があります。
実際には、ツールボックスがあっても「ツールボックスをどう組み合わせるのか」「どういうタイミングでツールボックスを使えばいいのか」といった設計の部分は割と高度で、モデリング・アプローチに近い部分かと思われます。
その前提があるとして、渋谷さんはどのレベルまでを内製化したいという目標はあるのでしょうか?
渋谷氏 おっしゃっていただいた内容は、個人的にはあまり高度と捉えていないため、あくまでツールボックス型のアプローチはJR東日本内で実践できるようにしたいです。
例えば有名なクラスタリングのアルゴリズムを使い、クラスタリング(データ間の類似度を基にデータをグループ分けする)した後に予測する、というようなツールボックスを組み合わせた分析は内製化できると思います。
対して、モデリング・アプローチはゼロから作るため、場合によっては論文を読む必要もあります。最新の消費者行動理論を勉強するようなケースも出てくるかもしれません。また、ツールやパッケージもないことから、自分でコードも書かなければなりません。ここは事業会社では無理だと思っています。
少し先の話かもしれませんが、ツールボックス型のアプローチはコモディティ化すると私は思っています。25年ぐらい前はまだエクセルが使えない社員がいて、VLOOKUP関数を使えたらそれだけでもう神様扱いされるような状況でした。今ではコモディティ化して誰でも扱えるようになっています。
今の機械学習やAIや予測モデルと言われているのは、ほとんどがツールボックス型であることから、いずれ当時のVLOOKUP関数を使っていたのと同じようにコモディティ化すると思っています。
私が今までお話ししてきたように、コア業務は基本的に内製化を進めたいと考えています。ここを突き詰めると、高度な分析を除き、支援会社の仕事がなくなってしまうのではないか?と思いました。このあたりについて、ブレインパッドはどのように考えていますか?
西村 元々ブレインパッドは「データの活用を通じて持続可能な未来をつくる」ことを目指しているので、「企業がデータの利活用領域を内製化する」ことに対して「支援」する立場になります。
その上で、「外だからこそ提供できる価値は存在する」と思っています。内部だけではできないことは多く存在するはずなので、そこを支援させていただきます。
など、データ支援と言いつつ実は「データ分析以外」のスキルもさまざまに求められるのですよね。データ活用企業にトランスフォームするためのスキルセットと言いますか。
ブレインパッドとしては、データに関する専門企業としてより全方位的にできることを増やしていきたいと考えています。
渋谷氏 なるほど。JR東日本も全てのケイパビリティを内製化できるかと言われると難しい部分ももちろんあるので、そこはブレインパッドと共存・すみ分けしていくことが大事かなと思いました。
西村 ブレインパッドのような外部の支援会社と事業会社がDXをうまく推進するためには、何がポイントになると思いますか?
渋谷氏 先ほど、外部の支援会社にはお任せする「領域」を定めた上で依頼しましょうとお話をしました。「領域」をかみ砕くと「3つの力」で表現できると思います。見つける力(翻訳)・解く力(求解)・使わせる力(実装)。滋賀大学の河本先生が本(※『会社を変える分析の力』講談社現代新書 2013年)に書いている言葉で、個人的に好きな言葉です。
この三つのうち、どの領域をブレインパッドや外部の支援会社にお願いするのかを定義することが大切だと思います。
基本的にはこの三つが意味するものを全て行えることが「データサイエンス」であり、この三つがすべて揃わない限りデータプロジェクトは成り立ちません。
ビジネスの課題から見つける力によって数理問題を発見し、解く力によって数理問題から解を導き、使わせる力によって解をビジネスに実装する。
事業会社側からすると、「見つける力」と「使わせる力」は自分たちで比較的多く実施したい。一方で「解く力」は支援会社に頼りたいです。
事業会社側で行う割合と支援会社にお願いする割合を明確に決めることで、良好な関係ができると感じましたね。
西村 支援会社側としては「データ分析をまるっとお願い」されるよりも、三つの力に分けて、どこに力点を置くのかを会話できるだけでもだいぶ違いますよね。
佐藤 そうですね。また、遠い将来や近い未来では、三つの力の割合のグラデーションが変わってくるとも感じました。直近は三つの力全てにおいて支援会社の割合が大きい可能性があります。そこからだんだんと、特に翻訳や実装に関しては事業会社側の割合が増えていくような未来もあると思いました。
西村 さて本日は、渋谷さんがJR東日本様に転職して、新しく立ち上がったマーケティング本部でどのようにデータマーケティング文化醸成を行い、基盤を整えられたのかをお話しいただきました。文化醸成においては経営・現場などのレイヤー関係なく「手触り感」「腹落ち感」が重要で、三つの力に分けて事業会社と支援会社それぞれ適切な役割を担うお話もいただきました。
本日のセッションをご覧になる皆さんの中には、DX推進をスタートさせる中で「どのように推進し始めれば良いのか」と悩まれている方も多いと思います。
全てがうまくいくわけではありませんが、支援する立場からすると、「何を支援会社にお願いすべきなのか、事業会社側のどこがうまくいっているのか、課題はどこなのか」といった部分が、お互いの共通の言語となります。そのあたりを会話しながら、力点を置きたい部分を見定め、お互いに歩調を合わせていくことでデータ利活用に対するより良い未来が近づいてくると感じます。
お二人とも本日はありがとうございました。
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