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DX、生成AIブームの現在において注目度が高まっている「人的資本経営」をどう考え、推進していく必要があるのか?「データ活用」がカギと考える理由は何か?最高人事責任者としてのキャリアを歩んできた両者に聞きました。
DOORS編集部(以下、DOORS) 本日はよろしくお願いします。
まず最初に、植村さんがこのタイミング(2024年1月)で代表執行役員 Co-CEO 兼 COOに就任されました。今回、若原(智広、Co-CEO)様とのCEO二人体制とのことですが、一般的な組織論ではトップが1人いて、そこからピラミッド構造で裾野が広がっていくほうがマネジメントはしやすいと言われていますが。
ユーグレナ・植村弘子氏(以下、植村氏) 西田さんはよくご存知だと思いますが、私は肩書に全くこだわりはないんです。ただ、会社を成長させていくためのピースとしていちばん機能するところに、あてはめてもらえたらそこで全力を尽くします。責任は重くなりましたが、これまでCSXOでやってきたことを、より強力に進めていきます。
二人体制はすごく機能しています。それは私と若原の強みとしている部分がまったく違うからだと思います。若原は前CFiO(最高財務責任者)で経営戦略の中核にいた人です。数字やデータにめっぽう強くて、いつも冷静に正しい判断ができる心強い存在です。私は社内外のコミュニケーションの部分で強みを発揮していけたらいい。密に連携が取れていて、やりにくさを感じたことはありません。将来もずっとこの形態が維持されるかはわからないですが、少なくとも現時点においてはこの体制がベストだと思っています。
DOORS Co-CEOとして、まず取り組まれることは何ですか?
植村氏 まずはニッチな市場で勝てるように「原点回帰」することです。最初はかなり激しめの、強烈な手を打つつもりでいます。社内的にはある意味で「きついこと」をするかもしれない。これまでやってきたことの否定と感じる人もいるでしょう。会社が伸び悩んでいる今の状況を突き抜けて、再び強力に成長していくためなら私は嫌われても構わない。私たちはなぜここにいて、なぜ「ミドリムシで世界を救う」などという難しい課題に立ち向かおうとしているのか。それをもう一度、みんなに思い起こさせることをやります。すでに社内には強烈な変化が起き始めています。
ブレインパッド・西田政之(以下、西田) 私もライフネット生命の副社長になったときに「僕はこれから嫌われ者になります」と宣言したんです。組織に変革をもたらすには、嫌われることを恐れていたらできない。だから、植村さんの並々ならぬ覚悟にすごく共感できます。
植村氏 ありがとうございます。ここで自分たちが掲げてきた理想と現実のギャップを埋める方向に、強烈に舵を切るのが私の役割ですね。たとえば座談会などで「この中に毎日ユーグレナを飲んでいる人はいますか?」と問いかけると、ほんの少ししか手が挙がらないんです。この現実を、私は深刻に受け止めています。自分たちの手掛けている事業が意義あるものと信じているから、もっと商品を知ってほしいし、売りたい・・・。そのためにできることなら何でもやってほしい。もちろん、成果を出した人には最大限に報いるし、人的資本経営をはじめとした制度設計は、どの会社にも負けないくらい丁寧に整えていきます。そこはぜひ信じてついてきてもらい、皆で乗り越えていきたいと思います。
DOORS ありがとうございます。早速今回の本題に入りたいと思います。一昨年あたりからHRの分野では「人的資本経営」という言葉をよく耳にするようになりました。ある調査によると、多くの企業が「定義がわからない」「理解が進まない」「KPI設定が難しい」と回答しているといった現実もあるようです。この傾向をどう見ていらっしゃいますか?
【関連記事】人的資本経営とは?定義や注目される背景、先進的な取り組みを解説
植村氏 人的資本経営が注目されたきっかけは、経済産業省が出した報告書(注1)でした。「やっと日本でも人を中心とした経営が語られるようになった」という印象を受けました。
西田 人的資本経営というワードそのものが、ある種の「ブーム」になっていると思います。簡単に言えば、これまで「コスト」と位置付けていた人材を「資本」として捉えて大切に扱おうということです。いかに優秀な人材を確保して活用するかというのは企業それぞれの戦略に関わるところですし、人材を単なる使い捨ての駒としてぞんざいに扱ったりする企業は淘汰されるべき時代になっていると言えます。
DOORS 2040年には日本の労働人口が1100万人不足する(注2)との予測もある中、国が乗り出さなければ国際競争力が維持できなくなるとの判断もあるのでしょうか。2023年3月期決算以降、上場企業には有価証券報告書で人的資本の情報開示が義務付けられました。
西田 情報開示が義務付けられたのは、人材投資額、社員満足度、女性管理職比率、育児休業取得率、男女の賃金格差など7分野19項目です(注3)。経営指標に取り入れられることで職場環境改善の意識づけは進むかもしれませんが、人材を資本として活用し成長に結びつけていこうという、より本質的な取り組みへ進むには、情報開示義務への対応で止まっていては足りないでしょう。
植村氏 現在HRの領域で議論されている人的資本経営は、ESGやSDGsへの取り組みの延長線上にあります。当社の場合は2020年の創業15周年にコーポレート・アイデンティティとして「Sustainability First」(サステナビリティ・ファースト)をありたい姿=フィロソフィーとして制定し、かなり集中した取り組みをしてきました。西田さんが仰るように、一定の基準を達成している企業が取り組むべき人的資本経営の本質はもっと先にあると思います。
西田 人事戦略の根幹は「人材投資」にあると思っています。ブレインパッドは「日本一の人材開発・輩出企業を目指す」ことを掲げています。それを実現するために私が提言しているのは「データ分析力」「哲学的思考力」「実践力」の3つを掛け合わせた経営人材を目指そうということです。
植村氏 ブレインパッドさんはデータ分析のスペシャリストが集う企業です。私はこれまでの経験で、データサイエンティストが経営に加わった途端に、あらゆる部署の社員に驚くべき行動変容が起こり、急成長に繋がったのを目の当たりにしたことがあります。データサイエンティストというと一般には「理系の数字に強い人」というイメージだと思いますが、そこに哲学的思考力や実践力が加わることで、どれだけのプラスの影響力を及ぼせるかを実体験として知っています。
西田 植村さんの実体験のお話を、もうすこし詳しく知りたいです。
植村氏 前職での話なのですが、私は2006年からホテル旅館予約サイトの「一休.com」を運営する会社におりました。2013年に榊さん(淳氏、現・代表取締役社長)という優れたデータサイエンティストがジョインしたのですが、データの向こう側にある市場の背景や顧客の意図を見事に探り当てるんです。データを見て「ユーザーはこう言ってる。だったらウチのアクションはこう変えるぞ!」みたいなことが毎日のようにあって。あまりに的確ですぐに顕著な結果が出るので、社内全体が「これはすごい」と盛り上がり、一丸となって突き進むことができたんです。売上利益もそうですが、何より顧客体験が劇的に改善したのです。あの感動は忘れられません。
西田 稀代の経営者は、みなデータドリブンというのが私の持論です。毎朝、現場から上がってくる売上や顧客動向等のデータを見ただけで、世界がどう動いているか、市場に何が起きているか、顧客が何を欲しているかを察知して即断即決で経営判断を下していく。昔はコンピューターがなかったので、名経営者はそういうことを天才的な勘やセンスでやっていたのでしょう。今はそれがデータサイエンスやアナリティクスによって機械的にできるようになりました。ただ、残念ながらと言うべきか、日本の経営者には圧倒的に文系が多い。もちろん文系だからダメというのではないですが、データに対する感度や認識が高い人が必ずしも多くはない。VUCAの時代と言われますがデータの裏付けがあれば大胆な判断が下せるし、迅速な行動が取れます。
植村氏 経営者がデータに強くなくても、データサイエンティストでなくても、右腕にデータサイエンティストがいればいいですよね。ファクトがベースにあるだけで経営者の発するメッセージが、格段に説得力を持ちますから。
DOORS 西田さんに質問です。データ分析力、実践力に哲学的思考力を掛け合わせる重要性はどういったところにありますか?
西田 哲学的な思考をする上で必要な三つのツールがあります。それは「背理法(証明と反証)」と「対概念」と「アナロジー」です。これらを使用することで、より論理的で洗練された思考を展開し、問いに対して多面的な視野で深く洞察することができるからです。データサイエンティストはどうしても「データ分析力」に比重を置いてしてしまいがちなのですが、思考のフレームワークを持つことでより幅のある「データの読み解き方」や「活かし方」に到達することができるのです。
経営戦略コンサルタントは顧客に話をするときに、「たとえば」というアナロジー(類推)をよく使います。相手が理解しにくそうなことを、相手の持っているであろう知識を使って気づきを促す。デキるコンサルタントほど、この「たとえ話」が的確で相手に刺さります。それと同じでデータサイエンティストは数字の羅列をみてその意味するところを理解できますが、一般の人にはちんぷんかんぷんかもしれません。そういう場合に「たとえば」とわかりやすく説明できる能力が更に向上すれば、相手は「なるほど」と理解する。そうした手法を駆使することで、社内にデータドリブンの経営が浸透していくのです。
どんな「たとえば」が響くかは相手次第のところもありますから、説明する側はいろいろな引き出しがあるほうが有利です。これはデータサイエンティストに限らず、どの仕事、どの役職の人にもあてはまることです。
植村氏 私の体験がまさにそうでした。ライバルがひしめく中でなぜ「一休.com」が抜きん出ることができたのかといえば、顧客の心に響く売り方ができたからです。宿泊予約サイトであれば、どこも顧客のリアルタイムの注文状況をデータとして持っています。でも、そのデータから何を読み取ってどんなアピールをすれば、サイトを見ている人に刺さるのか。私たちは常に考えて、実行していました。
たとえば、顧客が「夜景がきれいに見える露天風呂付の雪見旅」というワードを入力して検索するとき、ものすごく想像を膨らませているんです。それがデータとしてあったときに「こういうタイトルで」「こういう条件の優先度で示して」「こういう写真を使えば」ヒットするというところまで、優れたデータサイエンティストは提示することができるんです。日本語の機微とか、顧客の嗜好とか、知識の深さ広さ、全部を兼ね備えてこそ濃厚な結果が出せる。
データをデータとして見ているうちは、ただの「分析に強い人」の域を出ないのでしょう。データの裏側を読み解こうとするなら、まず「このデータは何を意味しているのだろう」という問いがなければ始まりません。どんな角度からどんな問いが出来るか、引き出しが多いほど優秀な「経営人材」になれるのだろうと思います。
DOORS 人的資本経営の観点から、そうした経営人材を輩出するためにブレインパッドはどのような「人材投資」をしているのでしょうか。
西田 経営人材を目指しなさいというモデルケースや育成マニュアルがあるわけではありません。求められるのは「自分の頭で考え探求する力」ですから、いわゆるリスキリングとは異なり、何を学ぶかも含めて自発的な学びを促すことが大切です。ブレインパッドは理系/大学院卒のスペシャリストが多いこともあって、最初から「学びの意義・意味」を知っている人が多いのです。
社内では年間300回以上の勉強会が自発的に行われているほどです。よって、あえて「学びなさい」と背中を押す必要は実はあまりないので、経営サイドとしては「場の提供」や、「費用の負担」などの後方・環境支援になります。しかし、自発的な勉強会だけだと、どうしても自分たちが好きな分野や得意な分野に偏りがちになりますので「こんな学びはどうですか」と面白そうな異分野の学びを提案することも重要です。
DOORS ユーグレナさんの取り組みはいかがでしょう?
植村氏 データドリブンという観点だと、まだ十分ではありません。「人的資本経営」のテーマに立ち返ると、かなり早くからサステナブルな経営を標榜して社内制度を整えてきました。かなり働きやすい職場だと思いますし、学びの機会もたくさん提供しています。ただ「少しサステナブルを強調しすぎでは?」と感じているところもあるのです。自分たちが何を実現しようとしていて、それに対して現実はどこにあって、そのギャップを埋めるために、より努力をしなければいけないと思っています。
創業者の出雲は、「ミドリムシで世界を救う」と言って起業したのです。ミドリムシを始めとした微細藻類には大きな可能性があるし、事業も当初の食品・サプリメントだけでなくバイオ燃料やバイオプラスチックや飼料・肥料など、どんどん広がっています。可能性とユニークさから企業としての知名度や事業に対する期待値も高いのですが、実際にどれだけのことを実現させたのかとなったときに、現時点では理想と現実のギャップを私は感じているのです。
西田 創業メンバーは強い思いがあって事業を立ち上げ、ベンチャーの頃は社員もその思いを受け止め、自然に共有されていくのでしょうが、規模が大きくなって人が増えてくるとトップの思いやメッセージが伝わりにくくなる。急成長企業ゆえの成長痛のようなものでしょうか。
植村氏 風通しのいい職場だし、部署や部門を横断しての勉強会とかもやっています。ただ、それが何を目指しどこに到達するための学びなのかを、それぞれが意識し直す必要があると思っています。
「ダンバー数の法則」(※5)などで、一般に企業というのは社員数が150人を超えると創業メンバーの思いが共有されにくくなって、結束力が低下するなどと言われていますよね。だから、そこから先はシステムで回していくのだと。でも、私はこの仮説をあまり信じていなくて、それこそ「想いの伝わるデータドリブン」でこの壁は超えられると信じているんです。
学びでいえば、どんな学びであっても、その人の幅を広げ奥行きを作ることは間違いありません。でも、会社としては今は結果を求められている時期だと思っています。ユーグレナは今年で創業19年、上場してから12年です(2014年に東証一部。現在はプライム市場)。売上規模は拡大してきたとはいえ、応援し続けて下さっているステークホルダーの方々になかなか喜んで頂ける結果を出せていません。もうそろそろ結果でお返ししなければいけない時期がきています。私は仕事をやってきて、今日ほどステークホルダーの存在を強く意識したことはありません。
西田 CEOの交代は組織にとって大きな変化ですから、このタイミングで発信されるメッセージは重要です。でも植村さんなら社員に響くメッセージが発信できるし、植村さんだからこそできるミッションだと思います。
DOORS 経営サイドとしては、人材投資を始めとした施策をいかに企業価値の向上につなげていくかといった課題があると思います。人的資本経営の成果をどう出していくかについて、お考えになっていることはありますか?
西田 成果は最終的に業績で判断されるものだと思います。人材投資でいえば、少なくとも我々がやっているのは「この施策を打ったからこれだけ業績が上がった」というような即効性や直接性を期待して行っているものではないですし、そうした管理的手法を志向しているものでもありません。こちらから「あなたの業務にはこんなスキルや資格が必要だからいつまでに身につけなさい」と言ってしまうのはもはや業務でしょう。私はみんなに「哲学的思考を身につけよう」「哲学のフレームワークを身につけるとこんなふうに思考の幅が広がるよ」と提言していますが、それで何を学ぶかは一人ひとりが考える。ヘーゲルが好きな人、デカルトが好きな人、カントが好きな人、それぞれがいろんなアプローチを学んで、それが職場で混ざり合う。その多様性こそが強みになるんじゃないでしょうか。
植村氏 私も同じ考えですね。経営サイドはともすれば「あれやらせよう」「これをやらせよう」としがちだけど、意識の高い人たちなら自発的に自分を高める努力はするんですよ。ブレインパッドさんのような学びが当然にある会社なら、尚更です。経営サイドはもっと社員を信頼、肯定してできるだけ自由度を与えていくのが大事だと思います。
西田 私は仕事というのは遊びの延長が理想だと思っています。面白いから夢中になるし、楽しいから広げたくなるし深掘りしたくなる。だから、経営サイドとしてはいかに仕事が楽しいと思える機会や環境を整えてあげられるかだと思うのです。具体的には社内公募制とか副業解禁とか、あるいは社内ハッカソンとか。
自分で「こんな仕事がやりたい」と手を上げる人がいたら、それをできる限り応援してあげたい。そういう施策をたくさん用意することが職場の活性化につながりますし、個を成長させ、ひいては業績の向上にもつながるんだと思います。
植村氏 仕事で真の楽しさを追求しようとしたら、その過程ではしんどいこともいっぱいあるんですよね。それを乗り越えた先にこそ、大きな達成感と充実感がある。経営サイドとしては、自分たちの手掛ける仕事がいかに世の中にとって価値があるか、誰かを幸せにできるんだと理解してもらいたい。もちろん、途中はしんどいのが当たり前だから、ただ耐えろというつもりはなくて、チューニングは必要です。自発的な取り組みや、自分自身を成長させる学びを促すためにも、そうした取り組みが報酬やポストにもしっかり反映されるような制度を整えていかないといけません。
DOORS 人材投資の結果、頼もしく成長した逸材が転職などで会社を去ってしまうことに悩みを抱えている経営者や人事担当者も多くいます。人材を資本として大切に扱う「人的資本経営」の文脈からすると、離職は「資本の流出」とも言えるかもしれません。離職や転職についてどのようなお考えをお持ちですか。
植村氏 私は基本的に卒業はウェルカムだと思っています。私が前職を辞めるときに、CEOの榊さんに「一休の社長としてはもちろん辞めないで続けてほしい。でも友達としては最高の決断だね!」と言われたのが印象的でした。もちろん、会社の経営が間違っていて優秀な人材が流出するなら大問題ですが、その人がより活躍できるステージを見つけて卒業していくなら、私はそれを喜びたいですね。
西田 優秀な人材が辞めていってしまうことを失敗と捉えるのではなく、優秀な経営人材を輩出できて成功と捉えられるようにしたいですね。企業の「組織」というのは生命体です。生命体の本質が動的平衡であるとすれば、古くなった細胞は離れて新しい細胞に置き換わるのは当然です。新陳代謝がないと生命体としての機能は衰えるんです。
我々が社員に学びを促しているのは、業績を上げるためというよりも、ブレインパッドに入社して良かったと思えるものを得てほしいから。さまざまなことに興味を持って、自分の視座を高めて欲しいという思いからです。その結果、次に自分を高めるステージが見つかって辞めていくならそれでいい。辞めていった人があちこちで「あの会社にいたから成長できたんだ」というエピソードを語ってくれてたら、新しい優秀な人がまたどんどん入ってくるようになる。そのレピュテーションが確立するまでが、がんばりどころです。
植村氏 辞め方もあるけれど、卒業していく人を「裏切り者」みたいに言って石を投げる風潮は嫌いですね。さらなる成長を求めて次のステージに行く人を応援したいし、その人の活躍ぶりを聞くのを楽しみにしたい。もちろん、この人がもっと活躍できる場を用意してあげられなかっただろうかという問いはいつも立てていますが・・・。
いつも「またいつか一緒にやろうね」と言って送り出しています。本当に一緒にやることもあると思います。そういうことが頻繁にある世の中のほうが、面白いし発展性があると思っているので。
西田 本当にそうですね。当社は「日本一の経営人材開発・輩出企業を目指す」と言って、あらゆるクライアント企業の経営課題を理解して解決に導けるように学びを促しているわけです。多様な強みを持った人材を育てた結果、引く手あまたになったらそれは喜ぶべきことです。
ここ数年「人的資本経営」はHR界隈でのバズワードだが、世間一般の認知・浸透度はまだ低い。そうした中で開示義務化の流れがあり「とりあえずは開示項目を揃える」で対処した企業も多かったようだ。だが、耳障りのいい題目と数値を並べるだけでは、人的資本経営の真価は発揮されない。人材をどう位置付け、成長を促し、企業価値の向上につなげていくか。そうなれば、企業個々の理念と個性が反映され、競争力の源泉にもなっていくはずだ。
一般に人的資本経営✕データ活用というテーマは、数値目標の進捗管理や人材資源の適切な配置・活用といった文脈で語られることが多い。だが両氏の対談では、企業経営そのものをデータドリブンとすることで意識改革と行動変容が促され、人材が個々の強みを発揮できる体制が築かれるといった本質的な議論が展開された。実践するにはデータサイエンティストの登用もさることながら、自分たちの社会における存在意義や、何を達成すべく仕事に向き合うのかといった「原点」を再確認するところから始めたい。
一方で、個人も「資本としての自分」を意識する必要があるのではないかと考えさせられた。自分は仕事を通じて何を実現しようとしているのか、社会に対してどんな貢献ができるのか。仕事に直結するスキルだけでなく、人として幅を広げ奥行きを作っていくために何を学ぶべきか。貪欲に学ぶ個人が集い、個性がぶつかり合うことで相乗効果が生まれ、企業全体が活性化していく。個人と企業の関係性にも変化が及ぶかもしれない。人的資本経営を単なるブームで終わらせず、企業や個人をアップデートしていくヒントが示されたのではないだろうか。
※注1 人的司法経営の実現に向けた検討会「人材版伊藤レポート」2020年9月発表
※注2 未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる(リクルートワークス研究所)
※注3 内閣官房 非財務情報可視化委員会「人的資本可視化指針」
※注4 「VUCA」 Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字からなるビジネス造語。移ろいやすく、不確実かつ複雑で、予測困難な環境を指す。
※注5 「ダンバーの法則」 英国の人類学者ロビン・ダンパー氏が提唱した、人が親密な人間関係を維持できる人数の上限は150人であるとする調査に基づいた法則。ここから経営においては、社員が150人を超えるとトップの思いやメッセージが末端の社員にまで届きにくくなると言われている。
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