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eコマースの領域において「データ活用」と「パーソナライズ」という2つのキーワードは外せません。特に近年のコマースサイトは、購買チャネルという側面に加え、情報交換コミュニケーションの場として変化してきています。
そこで、自社のオウンドメディア『ワタシプラス』でさまざまな取り組みをされている資生堂ジャパンの山本氏と冨川氏、そしてマーケティングソリューション「ZETA CXシリーズ」でCX業界を牽引されているZETAの山崎社長をお招きして、データ活用とパーソナライズの今と未来を議論しました。
は特に参考になると思います。
※掲載されている製品・サービスは記事作成時点の情報です。「ワタシプラス」は、2024年7月25日に「資生堂オンラインストア」にサイト名を変更されています。
ブレインパッド・近藤嘉恒(以下、近藤) みなさんこんにちは。本セッションでは資生堂ジャパンの山本さんと冨川さん、そしてZETAの社長である山崎さんをお招きし、「資生堂と考える接客体験の未来。『ワタシプラス』で実現するパーソナライズとデータ活用」というテーマでお送りしたいと思います。
資生堂さんではお店の情報やオンラインショッピング、化粧品や美容の情報を発信する『ワタシプラス』というオウンドメディアを運営されていますが、はじめにその中でパーソナルデータをどのように活用されているかをお伺いできればと思います。みなさんよろしくお願いいたします。
さっそくですがどんなところに化粧品業界のオウンドメディアの難しさを感じますか?
資生堂ジャパン・山本雅文氏(以下、山本氏) 化粧品は嗜好性が高くて、「好き」「嫌い」「かわいい」といったテンションで選ぶところもあると思うんですね。香りや肌にぬってみたときの仕上がり感や質感でだいぶ好みが変わったりもするため、それをどのようにWebの中でお客様に体感していただき、「これっていいな」と思ってもらうか、ここが難しいと感じますね。
『ワタシプラス』は10年以上やっていますが、まさにそこを突き詰めてきた10年とも言えるでしょう。
近藤 なるほど。たしかに単なる物販サイトでないがゆえに、体験をどのように伝えていくのかは難しいですね。また、資生堂さんは店舗もあり、美容部員の方々もいらっしゃるわけですが、リアルとのつながりや、逆にデジタルならではのサービス設計をどうするのか、といったことも難しい部分なのかなと思います。
山本氏 そうですね、リアルで体験できることをデジタル上で体験したいというニーズは絶対あるはずなので、いかにリアルとデジタルを近づけていくか、という努力も必要だと思います。
一方でデジタルだからこそできるような、特にデータを活用したようなコミュニケーションや、パーソナライズしたアプリケーションなどは、デジタルならではの特徴になるでしょう。
そのバランスを今突き詰めているところで、両者の調和を取ることが課題であり、面白いところでもあると思っています。
近藤 コミュニケーションにおいてポイントになるのが購買の分岐ですよね。購買前後の体験設計の部分で気にされていることや、実際に『ワタシプラス』を運営する上で心がけていることはありますか?
資生堂ジャパン・冨川慶太氏(以下、冨川氏) 『ワタシプラス』は、オンラインショップという機能・サービスだけではなく、「美容の総合プラットフォーム」としてサービスを提供しています。当然ご購入いただくサービスや情報のタッチポイント、あるいはご購入いただいたあとにお客様とどうやってエンゲージメントを取っていくのかというところは気になる部分ですね。
購入前にお客様がサイトでどのような検索で商品の情報までたどり着くのか、ライブコマースや情報コンテンツをいかにお客様に合わせて提供するのか、といったことも重要な要素だと思っています。
近藤 少し違った観点からお伺いしたいのですが、今の市況の変化はどのように捉えていますか?この2~3年はやはりコロナ禍が大きく影響していると思います。その中で、『ワタシプラス』の方向性、あるいは資生堂さんの今後のビジネス展開において大きな変化はあったのでしょうか?
山本氏 コロナ禍になってからどうしても外でのお買い物を控える傾向が強くなっていく中で、デジタル、EC オンラインショップに力を入れている企業が増え、市場全体の規模が拡大していると感じています。それに伴いお客様にとってもデジタル上でいろいろな体験ができることが当たり前になってきています。
業界は違いますが、例えばスポーツジムだと動画配信を見ながら自宅でエクササイズができるようなサービスを展開されていますよね。ただ単にコンテンツを届けるだけではなくてライブ感のような演出もデジタルを通じてできるようになり、お客様の中にも「リアルではなくても意外とやれる」という実感が結構広まってきたと思っています。
そうなってくると化粧品を販売するサイトを運営している者としても、いかにライブ感を演出するか、いかに実際に店頭で商品を選ぶ感覚に近いようなサービスを提供していくのか、ということに対して工夫をこらさないといけないと思っています。他メーカーもこの点を追求してきて、「本当に力を入れているな」「うまいな」と思うこともあります。
近藤 山崎さんはこの3年の変化をどのように感じられていますか?
ZETA・山崎徳之氏(以下、山崎氏) 弊社はジャンル的にアパレルのお客様が多いんですよね。コスメも同じだと思いますが、特にアパレルは先をいっていないとユーザーに見捨てられてしまう感がとても強いと感じています。そのため、この3年ほどでより一層ECに力を入れている企業が増えたという印象がありますね。
業界全体の傾向として社内にデジタルに強い人材があまりいないので、外部のベンダーやコンサルの力も借りながらみなさん取り組まれています。コスメでも同じような感じですか?
山本氏 そうですね。ただ、自社でやるのとベンダーと協力してやるのとでは、それぞれメリット・デメリットがあると思います。どちらを選択するにせよ私たちのように「ブランドをコミュニケーションしたい」という立場からすると、デジタルへの理解というのは確実に必要な部分ですね。
山崎氏 アパレルの場合は、ユーザーの巻き込みのほうが圧倒的にメインストリームです。昔は企業が一方的に発信して消費者が受け取るだけのような感じでした。でも今は実店舗のように、ユーザーに他のユーザーを感じさせるというところがいちばん重要な部分だと思います。
「ZETA CXシリーズ」の観点から言うと、やはり口コミがアパレルでは最も重要視されているものの一つです。他のユーザーをいかに可視化させるか?というところですね。これはコスメもそうだと思いますが、他のユーザーがアノニマスに見えるようでは駄目で、「今、他にこういうユーザーがいる」ことがわかる必要があります。
アパレルの口コミは、どんなユーザーが書いたものなのかがとても重要です。着るものは、体型や年代、肌の色などによって見た目が違ってきますよね。あと日本ではあまりないですが、海外だと青い目の人と黒い目の人でも全然違います。
他のユーザーのリアリティをどう醸し出せるかは、ここ2年ぐらいでいうといちばんホットなテーマになっているのではないかと思います。
そのためには、ユーザーに「口コミを書きたい」「参加したくて仕方ない」と思ってもらえる舞台づくりが大切です。「口コミ見て買いました」だけではなく、「その商品の口コミを書きました」という流れまででやっと1ターン終了といったように、口コミを書くまでが購買の一つと捉えることが必要だと思います。
山本氏 私が先ほど言ったライブ感もそうですよね。周りにみんながいるという状況をつくり出す。従来Webサイトは、一対一で見るものだったと思うんです。でも、コロナ禍の影響もあるのかもしれませんが、今は他の人を感じることができるサイトも増えてきています。これからはここが、かなり鍵になるかもしれないですね。
山崎氏 2年くらい前にスタッフを巻き込んだ「スタッフコンテンツ」というものが流行りました。でも、それだけだと小さい。ユーザーを巻き込めば2倍どころか10倍、100倍になるほどの規模感になる。これは化粧品も同じだと思うんです。
山本氏 当たり前が変わってきましたね。リアル側も変わったけれど、デジタル、ECも変わってきているというのはすごく感じます。
近藤 今日のテーマの接客体験というのは、これまでは「いかに企業側から情報発信するか」という視点で語られがちだったのですが、今は「いかにユーザーを巻き込むか」が主軸となっているわけですね。
山崎氏 そうですね。事業責任者の人はどうしても自分を主として物事を考える傾向がありますが、それが逆転してきています。今までは商品があって口コミがあるという考え方でしたが、今は口コミがあって商品がある。商品を見せて口コミが並んでいるのではなく、口コミがあってそれらが商品につながっていくという動線になってきています。接客も同じではないでしょうか。
山本氏 「お客様を知る」ことは、とても当たり前の話ですけれど、それができないと「こっちから発信する」ということにずっととらわれ過ぎてしまうので、やはりまずはいかにお客様を知ることが大切だと思います。
特に今のZ世代は「自己表現をしたい」という想いが強いですから、そこを狙ってユーザー側から発信してもらう環境をいかにつくっていくかが鍵になってきていると思います。
冨川氏 あと自分の悩みや好みなどは、ユーザー発信じゃないと我々が気づくことができないので、そういった意味ではお客様からいかに能動的に情報を発信していただくかという環境をつくっていくことが一つ重要なポイントになりますね。
近藤 なるほど。アパレルと化粧品の大きな違いとして、アパレルは自己顕示欲の部分にアプローチする、化粧品は人の裏側にあるコンプレックスにアプローチしていく、ということがあると思います。
アパレルでも体型の問題などがありますが、コスメのほうがより一層パーソナルデータに近いような気がします。コンプレックスが関わっているからこそ、まずは自己開示をできる安全・安心な土壌と、自分に近い人あるいは同じ悩みを持つ人とのコミュニケーションができる環境づくりという両輪が必要なのかなと思うのですが、いかがでしょうか。
山本氏 そうですね。カラーメイクアップなどファッションに近い自己表現をするためのアイテムだとアパレルと結構近いと思います。一方でスキンケアなどの悩み特化型のアイテムになってくると結構慎重な商品選びをしている傾向があるので、そのあたりの二手でのコミュニケーションは、コスメだとより重要になってくると思います。
近藤 ありがとうございます。次にパーソナライズの現在地についてお伺いしたいと思います。私としては4つポイントがあると思っていて、まず1つ目はお客様にとっての使いやすさや利便性を高めていくこと、2つ目はレコメンドを発展させること、つまりデータの精度を高めていくこと、3つ目はセグメントの整理、4つ目はUGC、生きたコンテンツをいかにコミュニケーションに加えていくのかといったことが求められているのではないかと思います。
こうしたポイントがある中で、『ワタシプラス』がどの段階にいるかお伺いしていきたいと思います。
まずは、「パーソナライズ」という言葉がかなり民主化していると思いますが、お二方はパーソナライズという言葉を聞いたときに、共通の認識を持たれていますか?また社内でも統一されているのでしょうか?
冨川氏 違う可能性はあるかなとは思いますが、メディアやチャネル、お客様へのアプローチのしかたの違いはあっても、パーソナライズのスタンダードの部分は社内で共通認識を持っておくことが大切だと思います。
今後パーソナライズを進化させていく上でも、スタンダードをもとに進化していく流れをつくらないと問題が生じると思います。
山本氏 私と冨川は1年ぐらいかけてコミュニケーションを取っているので、認識はだいぶ合ってきていると思いますが、社内で新しいメンバーが来たときなどはパーソナライズに対する認識が違っていると感じるときはありますね。
そもそもパーソナライズなのか?セグメントなのか?UI改修なのか?レコメンドなのか?という部分でも違いはあるし、パーソナライズの話をしていても認識のズレはありますので、メンバー内で喋るときに、「こういうことだよね」という共通認識、定義をきちんとそろえることは大事ですね。
近藤 例えば、無機質なコミュニケーションは Web サービス、オウンドメディアとしての価値が相対的に低下しているという認識はみなさん共通であるかと思います。そのフローを解消していくことが、おそらく共通見解だからこそ逆に目指すべきパーソナライズのベースになってきているのでしょう。
先ほど事前のお打ち合わせで「接客のされ方にも好みがある」というお話がとても面白いと思ったのですが、これはどんな気づきがあったのでしょうか?
山本氏 これまで“買ったデータ”をもとにしたパーソナライズは、結構いろいろやってきました。買ったアイテムや、買った経路といった情報を活用してきましたが、先ほども言ったように購買前後のコミュニケーションや口コミを見ると、そうしたコンテンツや体験みたいなことをやればやるほど、その体験がはまる人とはまらない人、体験が効く人と効かない人、好きな人とそうではない人が分かれるということが実感としてあります。
今、ライブコマースなどいろいろな取り組みを行っていますが、それを好意的に受け止めていないお客様に「ライブコマースやっていますよ」というコミュニケーションを出し続けてもおそらく響かないでしょう。
これは接客のされ方の好みの違いですから、店頭だったら「いや、ほっといてください」と言いたくなるような状況なのだろうと思っています。
今後は買うモチベーションの作り方、お客様にとってはどういうものがはまるのか、というところを見ながら、購入に至る手前の発信を変えていきたいなと思っています。
近藤 なるほど。ありがとうございます。今、CDPをつくられて、もちろんデータを貯めていきながらいろいろな施策をされていると思いますが、よくある流れだと反響データ・レスポンスデータを見て「うん、コンバージョン率高かったね」「これはビュースルーいけたね」と分析したり、あるいは成功率、成功数といった指標に着目したりしがちです。
しかし、そのデータの全体・総数を見て、「このユーザーは反応しなかった」という結果を悪いこととして判断するのではなく、それを材料に「そういう思考の人には響かないんじゃないか?」という仮説を考えられているということでしょうか。そして、データがあればあるほど、人々の思考に向き合い、判断ができてくるということでしょうか。
冨川氏 その思考もそうですし、あとはオウンドサイトで提供しているサービスのタッチポイントの頻度やタイミングなどもお客様によって全然違います。
今までは購入のPOSデータを中心としたセグメンテーションやCRMを中心に行ってきました。『ワタシプラス』の特徴は美容総合情報サイトとして、オンラインショップで商品を提供する以外にもオンラインカウンセリングやライブ配信なども行っています。
そのときにお客様がどう思われているのか?体験情報や情報の閲覧履歴のデータなども全て活用した上で、お客様とどのようにデジタル上で接客していくのかを考える必要があると捉えています。
山本氏 「買う」ということだけに着目すると、買わなかったら失敗という判断になってしまいます。でも、好みのデータと考えると、「買わなかった」もいい材料と言えます。買わなかったということは、もしかしたら他に興味があるかもしれない、そうしたデータの使い方を今後はしていくことが大切かなと思います。今年は買わなかったユーザーに対するアプローチも進化させていきたいですね。
近藤 なるほど。ユーザーの行動情報・購買情報の全数に意味があるというお話の部分と、あとはそこに紐付いて商品へのタグ付けやそのデジタルサービスのコンテンツへのタグ付けという部分。この顧客消費者と商品とコンテンツという3つを掛け合わせてパーソナライズをしていこうというのが『ワタシプラス』の現在地かもしれないですね。
山崎氏 「買わなかったことも重要なデータになる」というお話をされていましたけれど、それをもう一歩進めると、本当にそうなのか、という疑問もあると思います。今日買わなかったとしても明日は違うかもしれない。今日と明日で変わらないパーソナライズと今日と明日で違うパーソナライズがある。例えば、「自分と同じ年代、自分と同じ体型の人の口コミを見たい」というニーズは、ほぼ今日も明日も変わりません。
しかし、購買履歴の分析は、実は結構多くの場面ではそこまで有効ではないと思っています。昨日の購買履歴を引っ張ってきても、今日いいとは限りません。今その人が何を思っているのかは、購買履歴からは引っ張れないですよね。
SNSから来たときと広告から来たときは全然違うと思いますし、時間帯でも異なります。お酒を飲んで気分が高揚しているかどうかでも違いますよね。だから、パーソナライズが本当に正しいのか、というのはあります。
100回やって99回ノーで、たまたまイエスの1回を拾った可能性もあるわけです。だからパーソナライズを信じ過ぎてもいけない、仮説検証も間違っているかもしれないという考えも必要だと思います。
例えば、ビッグデータは「Every data is equal」と言われていますけれど、そんなことはないと思っています。全部のデータが同じなんてことはなくて、データの重い・軽いは絶対にあります。ただ、同じ括りの中のデータは均一に扱わないと集合知にならないというだけで。難しいところなのですが。
この塊のデータとこの塊のデータが違うということは必要で、PCとスマホでも違うということもあるわけです。パーソナライズを疑うということは、これから問われてくるのではないでしょうか。すでにSNSやYouTubeを解析する際には問われている節がありますが、これからはECでも問われはじめると思います。
山本氏 そうですね。魚釣りの記事や動画を見たらずっとフィッシング系の広告ばかり出るみたいなことがありましたけれど、最近は反応しなかったらすぐに切り替えられますよね。
山崎氏 最近のYouTubeが、検索に関係ないものを出し過ぎだ、とバッシングされていますが、そうしたトライをしているからでもあるんですよね。
山本氏 やはり私たちもECでパーソナライズやレコメンドをするにあたって、「このブランドが好きなのはこういう人」というランク付けをして、そのブランドのコミュニケーションをメインにするというやり方をしていましたが、結局ずっとそれが変わらない、同じかどうかはわからないですよね。「今日はこのブランドが気になる」みたいなこともあるかもしれないので、それを取っていかないといけない。
今おっしゃったように、そのモーメント、瞬間瞬間の違いをどうやって取っていくのかというところで、サイトの閲覧データの重みを少し上げました。いつも同じブランドを買っている方が違うブランドのサイト見るようになると、このスコアがグーッと変わるように重み付けを少し調整したりしていました。
山崎氏 あとはそれが成功体験にならないようにするというのも重要だと思います。みなさんテクノロジーに夢見がちなのですが、鉄板というものはない。常に変えていかなければなりません。
ECで最も重要なのは「謙虚である」ということだと思います。化粧品は成分が重要で、それがわかれば極端な話、SNSのコンテンツなんてなくてもいいかもしれない。化粧品は最後はものの良さが重要ではないでしょうか。
だから、良いものがあることが前提で、コンテンツはあくまでそこにたどり着いて満足して購入してもらうための手段でしかない。一歩引いて考えないと駄目だと思います。
近藤 先ほどの購買履歴の分析によるレコメンドについて、私たちもレコメンドベンダーなので補足をすると、レコメンドは別に機械学習ではないんですね。突き詰めていくと、「過去のデータから統計で出します」というだけではなく、経験や発想も重要になるわけです。
山崎氏 わりとうまくいった事例としてレコメンドというよりオススメに近いですが、ネットスーパーでチェックアウトのときにお菓子を表示するというのがあります。スーパーの動線と同じで、レジ待ちのときに横のお菓子を買ってしまうことってあるじゃないですか。でも、この仕組みは機械学習ではないですよね。
近藤 実はデジタルサービスで取れているデータは、基本的にWebの閲覧ビューでタグの発火で動きます。資生堂さんは商品データやコンテンツデータを持っているがゆえに、重みを変えることができるんですね。そして、そこのパーソナライズができるのが私たちなんです。
その上で「データとセレンディピティをもって仮説化していこう」という探索的なレコメンドを追求していこうというのが、これからの時代の流れだと思います。
山崎氏 そうですね。どちらかと言えばプロセスの強化よりもデータの豊富さのほうに舵を切っていますよね。そのため同じレコメンドプレイヤーでも、攻め方の違いが出てきて面白くなってきたと思います。
近藤 ここまですごく面白い話ができているなと思いますが、別の観点でももう少しお話ができればと思います。パーソナライズとは仮説立てとその探索をし続けるという行為なのかなと思っていますが、その分時間もかかるし、ずっとその作業をしていればおそらく疲弊もするし、“光と影”みたいなものがあると思います。この点において、今資生堂さんで難しいと感じられている要素はありますか?
山本氏 課題として属人化があると思います。会社によってジョブローテーションがありますよね。とはいっても知見がないとできない部分もあって、そうすると周りがジョブローテーションしてデータを扱える人だけはそこの専属になっていく。そうするとどんどん属人化してしまいます。そういった方が会社を辞めてしまい、培われた知見が一気になくなってしまったという経験は我々もあります。他のメーカーでもそういう話はよく聞きますね。
ですから属人化をいかに防ぐかは、パーソナライズにおいても、データを使っていくにあたっても非常に気にしなければいけないところだと思っています。
近藤 マーケティングの施策をやっていく人とマーケティングITの中間的人材は、結構世の中でもレアだったりしますが、その属人化が解消できない背景を山崎さんの観点からも聞いてみたいです。
山崎氏 Appleはジョブズが戻ってきただけであれだけ大きくなりましたよね。ソフトバンクも孫さんがいるからこそあれだけの企業になった。何千、何万人規模のレベルの企業ですら1人の力が大きい。そこでどうリスクヘッジしていくかということに尽きると思いますね。
近藤 問題は依存でしょう。属人化でも依存になっているとクリティカルな状態になってしまう。それをいかに防ぐかということですよね。
山崎氏 属人のほうが深みは出ると思います。逆にみんなが同じでマシーンのようになったら企業の強み・弱みが出なくなるから、みんな同じような会社になってしまいます。
ただ、属人化をすれば永続性がなくなるというのも事実です。0か100ではない。バランスが重要だと思います。あと、やはり重要なのはデジタルツールの活用ですね。デジタルは再現性があって劣化しないですから、ツールをどんどん使うことはいいことだと思います。
近藤 私たちが提供しているプロダクト・サービスを使い続けることで、データも貯まるし、施策を行えばさらにその履歴も残るので引き継ぎ情報にもなります。それらが資産にもなる。デジタルツールの使いこなしが、もしかしたら属人化を防ぐ一つの鍵かもしれないですね。
山崎氏 経営者的目線で言えばやはり最初はスキル・知識の高い人が必要です。その後は言語化して他の人でもある程度できる状況にする。ただ、属人化も平準化も、どっちも必要だと思います。
山本氏 1人でやっていたほうが意外としっかりクリエイティビティを発揮できます。それででき上がったものを、他の人もつくれる体制を構築することが大切だということですね。
山崎氏 企業としては100点のものをすごい人がつくって、80点のものをみんなができるようにすることが正解なのではないでしょうか。80点のものでも儲かり方は変わらないようにする、むしろ80点のものを量産して儲けようというビジネスモデルです。
山本氏 パーソナライズもそういう視点は必要だと思っています。ツールやベンダーの力を借りつつ、より多くの人ができるようにしていく。そして、その思想をちゃんと受け継いでアウトプットを出せるような組織をつくっていくことが大事なのかなと。
山崎氏 例えば、すごい科学者が「この一滴があればどんな人の悩みも解決します。でも1日に100 ml しかつくれません」といった魔法の化粧水をつくるよりも、性能は落ちるけれど大量生産できて、肌の悩みも8割方解決できるような化粧水をつくったほうが、企業としてはより多くのユーザーに喜んでもらえるわけです。
近藤 ものづくりをしている、あるいはサービスを提供している企業は、「秘伝のタレ」のような言葉が好きですよね。
山崎氏 そうですね。でもやはり80点の美味しさと大量生産を両立してラーメンをつくる会社のほうがはるかに儲かるわけです。
山本氏 実際にみんなで3年、4年、5年と長い時間をかけてそれを進化させ続けていけば、最終的にはより良いアウトプットができることもあります。
近藤 探索的にいろいろなことをやっていきますという行為と、要件定義設計の話は、ある意味、両極端の要素と言えます。それゆえに、やはりデジタルマーケティングのパーソナライズという一つのキーワードを追求していくことは、あらためて難しい領域であることを感じました。だからこそパートナーや自社の社員と腹を割って話す環境というのもつくらないといけないでしょう。
冨川氏 知見やリソースの分散を、そのまま社内完結するのではなく、周りのパートナー含めて一緒に検討していくような体制をつくっておくことが重要なのではないでしょうか。
近藤 最後にこの化粧品業界あるいは化粧品業界以外でもよいのですが、データを活用した接客体験の未来像について、どのように捉えられているかをお伺いできればと思います。
冨川氏 お客様の体験データを購入の前と後でどう活かしていくかが重要になってくるかと思います。
購入前のお客様がデジタル上でどういった接客体験をしたかというところを突き詰め、その先に何があるのか、お客様が今どう感じているのか、どういった課題があってどういった表情をしているか、そういったところを我々のほうで認識した上でコミュニケーションを選択し、変えていくことが重要です。
お客様の購入前の表情やモチベーション、熱量を的確に捉えていくことが今後必要なことかなと思っています。
近藤 お客様の表情をデータで捉えていく。このキーワードはすごくいいですね。化粧品は嗜好性商材であり、コンプレックスを解消する商材でもあります。自分の好きという気持ちを追求したい、トレンドを追いかけたい、自己承認欲求を満たしたいなど、いろいろな表情がありそうです。
山本氏 そうですね。前半に山崎さんがおっしゃったように、気分が上がった瞬間みたいなところに反応するパーソナライズと、「今こういうことにずっと悩んでいる」というパーソナライズの2つがあると思います。
山崎氏 もうちょっと細分化してもいいかもしれないですね。連続性があって何があろうとも変わらないパーソナライズもあれば、秒で変わるパーソナライズもある。多段階くらいで構えてもいいのではないでしょうか。
近藤 モーメントパーソナライズみたいな形ですよね。
山崎氏 子供ができたら全然変わるかもしれないし、今日はテレワークで明日はリアル出勤というように日によっても変わるでしょう。モーメントが高いものも低いものも両方見ていくと面白いとは思います。
山本氏 そのためには相当データを取っていかないと……。
山崎氏 店舗では、優秀な美容部員は「まず外しちゃいけない要素」と「その日の気分でちょっとチャレンジする要素」といった区別はやっていると思います。ただデジタルがそれに追いついていないだけの話で、先ほどの属人化にも通じる課題です。
近藤 美容部員がシチュエーション別に判断をして対応しているのと同じようなことを私たちはデジタルサービス、もしくはオウンドメディアで提供しなければならない。そうなると、やはり一つの揺るぎない判断軸はデータでしょう。
山崎氏 人よりは精度は落ちますが、その代わり24時間動くのもメリットですよね。
山本氏 そうですね。いつでもお客様が望むタイミングで回答ができるのはすごくいいメリットです。ただ、店舗であれば表情や声のトーンなどでわかりますが、デジタルだとそれがわからないので難しい部分はあります。データを収集した上で解釈して仮説を立ててシナリオをつくる。これからもチャレンジしていかなければいけませんね。
近藤 お二方のマーケターとしての共通要素は、仮説をつくっていくことに徹底的にこだわる思考なのかもしれないですね。
冨川氏 まずは仮説づくりが重要ですが、その仮説を半永久的に使いまわすという話ではなく、やはりデータ量によってアップデートするなど、提供している商品やサービスの変化によって、あるいはお客様がどういうふうに『ワタシプラス』に来てくれたかによっても変えていく必要があります。
先ほど山崎さんがおっしゃっていただいたような、ある意味グラデーションに近いような形になっているので、シナリオをつくってその先にどういったお客さんがいるのか?その数はどれくらいなのか?どんなパーソナライズがあるのか?といったことを突き詰めていきたいですね。
近藤 ありがとうございます。山崎さんにお伺いしたいのですが、ハッシュタグを用いたパーソナライズが今トレンドになっていますね。
山崎氏 そうですね。やはりSNSやデジタルマーケティング全体も含めていちばんメインとなっています。
今ハッシュタグのオフィシャル化も進んでいます。例えば、あるところでは「乾燥肌」と言って、あるところでは「ドライスキン」と言っても意味がない。そのあたりのキーワードの定義化が進んでいて、その道具の一つがハッシュタグなのだと思います。でも、3年後、5年後にはまた違う道具が現れているかもしれません。
近藤 そういう理解をもっと私たちが持っていないといけないですよね。ベンダーも事業会社も、もっと言えば消費者も。ハッシュタグをもっと有効的に、自分がほしい情報を取得するためにも「もっとハッシュタグを使っていこう」という時代が来るかもしれないですね。
山本氏 メーカーが付けるハッシュタグだけじゃなくて、お客様が付けていくハッシュタグは、とても価値と意味があると思いますね。
山崎氏 企業として必要なのは、謙虚さ。ユーザーに学ぶという姿勢じゃないと絶対にうまくいかないと思います。
山本氏 本当にそうですね。先ほどのパーソナライズの仮説の話も結局答えを知っているのはお客様ですから。「間違えているかもしれない」という謙虚さがないと、うまくいかないですね。
近藤 なるほど。今日の結論は「いかに謙虚になるか?」ということですね。データとどう向き合っていくのか?というのも謙虚さが必要だし、従来の仕組みや施策を疑う行為もユーザーと向き合う行為も謙虚さがないとできません。データで評価もしくは判断していくことは大切だけれども、そこで無機質な判断を求めてもあまり意味がないので。
あとユーザーたちと一緒につくっていく、共創サイト・共創コミュニティを今後目指していくためにも、ユーザーへの向き合い方も謙虚である必要があるし、データへの向き合い方も謙虚である必要があるのかなと思います。すなわち接客体験の未来は謙虚さといったところを私たちが持つことから開かれるという形です。
山崎氏 間違いないですね。
近藤 ありがとうございます。資生堂のお二方は今日お話されてみていかがでしたか?
山本氏 パーソナライズ関係のお話は、数年前に何回かお話させていただいたのですが、今回「データを使う」という概念から、データに教えてもらう、あるいはデータから何かを読み取るためには、謙虚さがとても大事だということにあらためて気づかされました。非常に楽しかったです。
冨川氏 ありがとうございます。データとパーソナライズという部分で「今後こういうデジタルマーケティングをやっていきたい」というイメージが私の中にあったので、今日みたいな白熱した議論が非常に楽しかったなと思いました。
このディスカッションの中でやはり「謙虚」というお話がありましたが、まさにそのとおりですね。お客様が発信される言葉を我々がキャッチアップしてそれをサービスに体現する。仮にそれができないとすぐにお客様が離れていってしまうという危機感を持ちながら実践していきたいなと思いました。ありがとうございます。
山崎氏 50歳を過ぎた今、道徳がいちばん重要だということをひしひしと思います。「ビジネス」や「マーケティング」といった横文字は便利ですけれど、やはり「商売」と言うとなんとなく謙虚とか道徳みたいなものも内包されていますよね。
やはり最後は謙虚さや道徳が大事です。私も50過ぎてやっとこういう話ができるようになりました。ありがとうございました。
近藤 最後になりますが、資生堂さんにおいては、今ブレインパッドのRtoasterおよびZETA CXシリーズをお使いいただいています。
私たちもこうしたツールを用いて、データに謙虚に向き合っていって、より良いサービスをご提供できればと思いますし、今後もこうしたセッションができればと思いますので、引き続きよろしくお願いします。
今日はこれで終わりたいと思います。どうもありがとうございました。
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