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みなさんは、DXの組織全体への浸透に苦労していませんか?DXに着手した企業の多くは、数年である壁にぶつかります。それは、業務実装・定着に向けた壁です。DX推進組織は、まずはじめに事業部に伴走して概念実証(PoC:Proof of Concept|企画・開発・効果検証)を進める場合がほとんどです。この段階では、データをもつ事業部とデータ活用の専門家であるDX推進組織が役割分担をし、データドリブンな成果を生み出します。しかし、DX推進組織の伴走フェーズが事業部単独の自走フェーズに変わるとき、それまでは順調に見えたデータ活用の取り組みに陰りが見えてきます。
なぜ、そんなことが起きるのでしょうか。それは、事業部の自走フェーズにおいて業務オペレーションの組み込みが求められるようになるためです。データ活用の業務実装を成功させるためには、「現時点でのベストな業務の進め方」を「データ活用導入後の新しい業務スタイル」へと進化させることが欠かせません。もちろん、長期に渡ってDX推進組織が伴走し続けるという選択肢はあるものの、多くの場合、DX推進組織よりも事業部の規模が遥かに大きいため、伴走型の支援だけでは企業全体の変革のスピードが上がりません。
本記事では、ブレインパッドが支援している東京電力エナジーパートナー株式会社(以降、東電EPと略記)の取り組みを紹介します。東電EPは、この課題に対して独自のアプローチで成功を収めています。一体どのような取り組みをしているのでしょうか。今回、DOORS編集部がその秘密に迫ります。
まずは、ブレインパッドの数々の支援でも共通するDXの”成功へのプロセス”を整理してみましょう。DXの起点は、企業独自のデータから価値を発掘する「挑戦フェーズ」です。たとえば、購買記録・顧客の人物像・コールセンターなどへの問い合わせ内容・営業活動ログなど、ビジネスの中で生まれたデータを軸に、分析や予測を通じて営業戦略立案やオペレーションの業務効率化などへの発展の可能性を探ります。近年は市場全体でDXのノウハウが磨かれていることもあり、多くの場合でこれらのPoCから経営効果につながる成果が生み出されています。
ただし、PoCは実験段階に過ぎません。DXの真価は、PoCの成功を業務オペレーションに組み込んだ上で、データ活用を業務に親和させていく「実装フェーズ」に移すことが重要です。しかし、ここに「DXの壁」が待ち構えています。
挑戦フェーズでは、データ活用を専門とする人財が中心となり、データを収集・分析して成果を生み出します。一方、実装フェーズでは、その役割が事業部へ移管されていくことになります。このとき、事業部はその時点でのベストオペレーションを構築・運用しており、データ活用という新しいオペレーションを受け入れることは容易ではありません。データドリブンなオペレーションや意思決定を業務実装するためには、変革の土壌が必要になります。
では、この「DXの壁」を打ち破るためには、どのようなアプローチが有効なのでしょうか。そのひとつの答えは、事業部の中からDXを動かしていくことです。DX推進組織はデータ活用に詳しいものの、事業部の現場オペレーションやドメイン知識に疎い場合がほとんどです。一方、事業部はその逆で、ドメインエキスパートである一方、データ活用の経験が豊富ではありません。この両者が伴に手を取り合ったときにはじめて、DXの壁を打ち破ることができます。
次節では、多くの企業の悩みの種になっているDXの壁に対して、東電EPとブレインパッドが共創している成功のパターンを紹介します。「事業部の中からDXを」と掲げることは簡単ですが、その実現は易しくありません。そこにはどのような工夫があったのでしょうか。
DOORS編集部(以下、DOORS) 前節の「DXの壁」を乗り越えるにあたり、東電EPが目指しているDX推進部門と事業部の在り方について教えてください。
東電EP 東電EPでDXの中核を担う「DX推進室」は2020年4月に立ち上がり、発足直後から事業部と連携しながら成果を生み出してきました。このとき、DX推進室の専門人財は事業部に対して「伴走型」の支援を行い、挑戦フェーズでの成功を収めています。その後、東電EPが目指した姿は「自走型」のデータ活用です。すなわち、DX推進室の伴走支援と並行して、事業部自らデータ活用を推進できる体制の構築を目指しています。
「自走型」のデータ活用では、事業部の中にいるデータ活用を実践できる人財が成功の鍵となります。東電EPには、DX推進室と事業部の双方でデータ活用スキルを有した人財が活躍しています。DX推進室に所属する人財は、データ活用に関する高度な知識と経験を備えています。事業部に所属する人財は、業務オペレーションやドメイン知識に精通しデータ活用の基礎スキルを備えており、この両者の存在が、データ活用を日常の業務に組み込むことを実現しているのです。
DOORS 東電EPでは一体どのようにして、事業部のデータ活用人財を生みだしているのでしょうか?
東電EP 一般的に人財の獲得では、採用・育成の手段が存在します。採用は、育成期間なしで高度な専門性を備えた人財を獲得することができます。しかし、データ活用のプロジェクトをリードすることができる人財をゼロから育成するには、一般的に5年以上かかると言われていますし、採用した人財が、事業部の業務オペレーションや組織風土に順応するにも時間が掛かります。そこで東電EPでは、事業部の人財を育成し、データ活用スキルの底上げに注力しています。
次節では、事業部の人財を育成する東電EPの育成内製カリキュラム「EP Data College」について、その仕組みを探っていきましょう。
DOORS 事業部のデータ活用人財の育成にあたり、東電EPではどのような取り組みをしているのでしょうか?
東電EP 東電EPでは、2023年に事業部の人財がデータ活用を学び、データドリブンな業務オペレーションや意思決定を実現するための育成カリキュラム「EP Data College」を立ち上げました。EP Data Collegeは、東電EPが自社で作り上げたカリキュラムであり、知識面の修得と事業部ごとの分析課題に取り組む実践型演習が中心の作りになっています。
「EP Data College」の受講生は、まず、3ヶ月の座学を通じて、データ活用に欠かせないビジネス・アナリティクス・エンジニアリングの基礎を身に付けます。
これらのデータ分析スキルは一朝一夕で身につくものではなく、一定レベルの知識を修得するには、年単位で時間がかかるといわれています。そこでEP Data Collegeのカリキュラムでは、実務に直結する重要スキル3つに焦点を絞っています。
以上のようにEP Data Collegeでは、専門知識のない受講生が事業部でのデータ活用を進められるようになるための座学トレーニングを行っています。座学が終わると、受講生は身に着けたスキルを活かして自部門のデータ活用課題にチャレンジする3か月の演習を行います。
演習では「データ活用をやってみた、触れてみた」で終わらないようにDX推進室のエキスパートが講師役となり初期段階から伴走し、以下の要素を設計し、データ分析プロジェクトを受講生自身の力で進められるよう指導しています。
受講生は、時に悩みながらも課題演習に取り組んでいきます。
次節では、EP Data Collegeを体験した受講生の声や立ち上げの想いについて、詳しくインタビューしていきます。
DOORS 直近のEP Data Collegeには60名を超える受講生が参加したと聞いています。EP Data Collegeを受講してみて、実際どのような学びがあったでしょうか?また、その業務で何か変化はありましたか?
受講生|マネージャー EP Data Collegeでは、データ分析の手法だけでなく、データを用いたプロジェクトマネジメントを体系的に学ぶことができました。データ活用の強みと弱みを知った上で判断ができる力の修得を目的に受講しましたが、期待どおりの内容に満足しています。また、データ活用に投資していくことの意味・価値への理解も深まり、自部門でデータ活用を推進していく意識やモチベーションが高まりました。
受講生|スタッフ これまで、プログラミング言語にはほとんど触れたことがなかったのですが、講義を通じて、Pythonを使ったコーディングが自力でできるようになりました。現在では、EP Data Collegeで学んだ知識を実務に活かすこともできています。具体的には、営業訪問先リストに最寄り駅からの距離情報を付加し、効率的に訪問ができるように営業ルートを工夫しています。研修の経験を実務に直接活用できたことはこれまでなかったので、とても新鮮な体験でした。
DOORS DX推進の重要な要素となるマネージャーとスタッフの相互理解についても、2人の受講生の声から上手くいっていることが伺えます。では、EP Data Collegeの運営を担当している講師の方々の声を聞いてみましょう。
DX推進室|鈴木氏(データアナリティクスグループ) 60名超の参加希望があったことに驚きつつ、データ活用への関心の高まりをとても嬉しく思っています。その反面、運営としては、期待に応えなければならないプレッシャーも感じています。特に演習は受講生それぞれ異なる領域のテーマを扱うので、講師陣にも多様な領域の知識が求められる点です。また、データエンジニアとの協力も欠かせません。データベースの準備、アカウント管理、セキュリティ面のチェック、データマートの整理といった受講環境を準備してきました。受講生が修了後に活躍することを通じて各職場がより良くなっていくことに期待を抱き、グループメンバーが総力を挙げて日々取り組んでいます。
DX推進室|山田氏(データアナリティクスグループ) EP Data Collegeを運営する上で意識している点は、「受講生の立場に立ち、受講しやすい環境を整えること」です。当研修は「学習に前向きに取り組めること」を唯一の受講要件としており、データサイエンスや機械学習の知識が薄い者も当然含まれています。せっかくやる気を持ち、勇気を出して受講を決意してくれた社員が、自部門でデータ活用を進めるためのスキルを身に着けてもらえるよう、私自身が受講生の目線に立ち、研修内外で受講生のフォローや悩み相談には積極的に対応するよう心掛けています。当社はシャイな人も多いのですが、その中でも、日を経るごとに活発な議論や積極的な質問が出てくるようになる光景を目にすると、こちらも頑張ろうという気持ちが沸いてきます。
DX推進室|葛島氏(データアナリティクスグループ) 事業部のデータ活用に対する熱量の高さに驚きました。想定数を遥かに上回る応募が寄せられ、また、講義中も難しい説明や演習で分からない部分では、積極的に質問をする姿が多く見受けられました。受動的に研修を受けるのではなく、自部門の業務をより良くするために、少しでも吸収しようとする受講生の姿勢に圧倒される日々です。これは、事業部が積極的にデータ活用に取り組もうとする姿勢の証であると共に、これまで長年にわたり、DX推進室が幾多の相談に対して真摯に対応し、事業部門との相互信頼を育んできた賜物でもあると考えています。私の主要な業務はデータ活用基盤の開発・保守・運用となるため、EP Data Collegeの受講生が修了後も自律的にデータ活用を推進してもらえるよう、より一層、安全・安心・安定的な基盤整備・運用に尽力していきたいと考えています。
DOORS ブレインパッドもEP Data Collegeの伴走支援を行いながら、受講者と講師の双方が高いモチベーションで運営していることを日々実感しています。続いて、立ち上げの推進役を担ったグループマネージャーである南條氏に、現在の想いをお伺いします。EP Data College はどのように生まれたのでしょうか?
DX推進室|南條氏(データアナリティクスグループ・グループマネージャー) 2020年にDX推進室が組成されて以来、ドメイン問わず様々なデータ分析案件を実施してきましたが、データに基づく意思決定をさらに拡大させていくためには、私たちデータ分析の専門家だけではなく、事業部に所属している社員にもデータ活用に関するリテラシー、スキルがあることが重要だと考えました。
また、事業部の方々と会話をしている中で「データ分析に興味はあるけど、どのように勉強すればいいかわからないし、何より外部研修を受けると高いんだよね」という声を多数いただいていた経験からも、研修を自前で実施するニーズもありそうだと思いました。
そこで、データアナリティクスグループ一丸となって自社独自のカリキュラムを作成し、EP Data Collegeをスタートさせました。はじめは受講生を集めるところから手探りでしたが、経営会議など、役員・部室長が集まる場で取り組みを共有したところ、好感を得ることができ、現場への落とし込みにも上層部が積極的に関与してくれたことで、結果的に当初想定を大きく上回る60名超の受講生が集まりました。まさに、予想以上の反響で、好調な滑り出しを切ることができました。
EP Data Collegeはまだまだ始まったばかりの取り組みですが、社内の休憩スペースなどで「これは教師あり学習で~」などデータ活用周りの会話をなされているシーンに立ち会うこともあり、少しずつですがデータ活用が事業部の方々の日常に溶け込んでいる雰囲気を感じつつあります。この火を絶やさないよう、今後もデータ活用の民主化に向けて取り組みを継続していきたいと思っています。
DOORS 最後にDX推進室・室長の西村氏に、東電EPのデータ活用推進についてお話を伺います。今後の東電EPの飛躍に向けて、どのようにDXの取り組みを進めていくのでしょうか?
DX推進室|西村氏(室長) DX推進室では、お客さまの価値向上やテクノロジーを活用した業務効率化の領域を中心にプロジェクトを進めてきました。データ活用やAI技術の導入も進み、少しずつですが取り組みの芽が出始め、社員もそれを実感していることと思います。
しかし、当社がお客さまにとって価値ある企業として成長し続けるには、まだまだ、粘り強い取り組みが必要だと認識しています。そのためにも、我々DX推進室が、組織全体のデジタルトランスフォーメーションをリードしつつ、同時にEP Data Collegeのような、当社全体のDXやデータ活用のリテラシー向上を通じ、真にスキルを持ったDX実践人財の育成も強化していきたいと考えています。
上記のような取り組みを通じて培ったスキルや能力をフル活用し、中長期的には、新しいビジネスモデルの創出、パートナーシップ構築などにも注力し、東電EPとしてのプレゼンス向上・競争力UPにも貢献したいと考えています。社内のデジタルトランスフォーメーション推進のために、私自身もDX推進室の頼もしいメンバーとともに、汗をかいていきたいと思っています。
本記事では、東電EPが取り組んでいる事業部データ活用の起点となる人財を育てるEP Data Collegeについて特集しました。DXで持続的な成果を手にするためには、データ活用の課題解決だけでなく、組織・人財・文化面での並行した変革が不可欠です。EP Data Collegeは、その第一歩の踏み出しに成功した事例と言えるものでしょう。本記事の執筆にご協力いただいた関係者の皆様に感謝を申し上げるとともに、今後の東電EPでのデータ活用のさらなる進展を心より楽しみにしています。
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