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本記事では「ダイナミックプライシング」の仕組みや導入事例・メリットおよびデメリット・ビジネス活用を検討する場合に確認すべき項目を網羅的に解説します。
価格の適正性は企業の利益を大きく左右するものの、価格変動は顧客の購買意欲や満足度に良くも悪くも影響を与えますから、慎重・正確なプライシングが求められます。
その対応策としてよく挙げられる「ダイナミックプライシング」を果たして導入するべきかどうか、読者の皆さまにとって本記事が判断材料となりましたら幸いです。
ダイナミックプライシング(Dynamic Pricing)とは、需要の変動に応じて価格を自動的に調整する「変動料金制」のことです。適正な価格設定を通して、収益最大化を図る価格戦略になります。
このダイナミックプライシングの仕組みは「データ分析や予測モデルを通して、市場における需要と供給をリアルタイムでモニタリングしながら、その市場に適したアルゴリズムを構築し、適切な価格を算出する」ようなロジックです。
需要の予測には、過去の販売データや需要のトレンド、季節要因、競合他社の価格情報などのデータが活用されます。データ活用を通じた一つのビジネス戦略なので、DXの一種とも言えます。
※DXの本質的な意味や定義については、以下の記事で詳しく解説しています。
【関連記事】【図解】DX(デジタルトランスフォーメーション)とは?意味・定義や事例を解説
マッキンゼー・アンド・カンパニーのレポートによると、平均的な企業では、価格を変えずに「販売量を1%増加」すると「営業利益が3.3%改善」し、販売量を変えずに「価格を1%増加」すると「営業利益は11.1%改善」したという結果が得られました。
つまり「販売量の変動」よりも「価格の変動」の方が、利益改善に3〜4倍のインパクトを与えると言えます。相対的に、適正価格の算出が重要だと分かります。プライシングが上下1%でも変動すると、利益率も大幅に変動するのです。
【関連記事】データ分析を用いた、ダイナミック・プライシングの実用化~DX時代における物販ビジネスへの適用、浸透~
【参考文献】Managing Price, Gaining Profit by Michael V. Marn and Robert L. Rosiello
身近な業界でダイナミックプライシングが活用されている例は、以下のとおりです。
スポーツ業界のダイナミックプライシングの代表例として、2019年シーズンで全面導入を決めたJ1リーグ・横浜F・マリノスが挙げられます。
同チームは、試合日程、席種、市況、天候、個人の嗜好などに関するビックデータ分析を基に試合ごとの需要予測を行い、需要に応じたチケット価格の変更を自動的に行うことで、購入者のニーズに応じた適正価格で販売を行っています。
【参考】価格・席種>ダイナミックプライシング(価格変動制)について
また航空券やホテル予約の価格は、基本的に、旅行シーズンや帰省シーズンといった「時期的な需要の変動」が存在するため、その需要にあわせて価格変動を行い、収益の最大化を図っています。
補足すると、航空券の価格変動は「ビジネス利用」と「レジャー利用」の区分にも影響を受ける場合があります。例えばビジネス利用として航空券を購入する場合、金額を支払うのは購入者ではなく「その購入者が属する企業」が経費として支払うケースが多く、企業向けの価格設定を行うことがあります。
さらに掘り下げると「出張が急遽決まり、直近の航空券を急いで手配しなければならない」ようなケースも多く、その需要を考慮した価格設定が行われることもあります。
このように私たちの日常生活のあらゆる場面で、データに基づいた需要予測とそこから算出される適切な供給量や価格設定が行われています。
ここからは、ダイナミックプライシングがビジネスと消費者それぞれに与えるメリットやデメリットを解説します。
ビジネスにおけるダイナミックプライシング導入のメリットは、「適性価格を自動で行ってくれる点」です。これは言い換えると
ことになります。
つまり消費者にとっては「需要が小さい時期に、お得なショッピングやサービス利用が可能になる」ことがメリットです。需要と供給によって常に価格変動が起きている(価格が安くなる時期が明確になる)ことになるからです。
しかしながら、ダイナミックプライシングにはいくつかのデメリットや課題も存在します。
ビジネスにおけるダイナミックプライシングのデメリットは「必ず適正価格が算出できるわけではない」点です。
業界や業種によっては需要予測が困難だったり、需要予測するために必要なデータが不十分だったりする場合、適切なプライシングが行われないことがあります。
また「価格変動によって顧客に対し不満や不信感を与えるリスク」もビジネス側のデメリットとして考えられます。サービス価格の不透明性を印象付けてしまうと、ブランディングにも悪影響を与えるでしょう。
一方で消費者におけるデメリットは、「需要の高い時期にしかショッピングやサービス利用ができない」場合、基本的に割高な料金を提示されることになります。
ここからは、ダイナミックプライシングを導入した業界や企業の事例をご紹介します。
※ダイナミックプライシングに限らず、DXやデータ活用の推進によってビジネス成長を促している企業はたくさんあります。以下の記事では、多様な業界におけるDX事例をご覧いただけるので、あわせて参考にしてみてください。
【関連記事】【業界別DX事例26選】成功事例から学ぶビジネス革新の方法論
東京ディズニーランド・東京ディズニーシーを運営する株式会社オリエンタルランドは、2021年3月20日入園分のチケットからダイナミックプライシングを導入しています。
入園者数の繁閑差の平準化が狙いです。
利用者にとっては、需要が多い時期(土日や長期休暇シーズンなど)にしか遊べない場合はチケット価格が上がってしまうかもしれませんが、需要が少ない時期を選んで利用する(安価で遊べる)という選択肢が生まれるので、メリットとデメリット両方が存在します。
【参考文献】東京ディズニーランド®/東京ディズニーシー® チケットの変動価格制導入について
配車サービスを提供しているアメリカのUber Technologies社では、2014年に「Surge Pricing(サージ・プライシング)」というプライシングシステムを導入しました。タクシー利用に対する需要動向を都市別にリアルタイムでモニタリングし、需要動向に応じてサービス価格が変動する仕組みです。
航空券やホテルは供給量がある程度決まっていますが、こういった配車サービスは供給量が一定ではないため、需給の両面をダイナミックプライシングによって調整・制御する必要があるのです。
【参考文献】How Uber’s dynamic pricing model works
イスラエルのWasteless社は、AIを用いたダイナミックプライシングによってスーパーマーケットの食品廃棄数を抑えています。
値下げをすれば食品は売れるようになりますが、もっと重要なのは値下げの「タイミング」と「金額」です。これら二つの適正値をAIによって導き、価格調整に活用し、売上が最大化されるとともに食品ロスの削減にも貢献しているのです。売上だけでなく、ESGにも寄与する取り組みになっています。
【参考文献】Can Dynamic Pricing Reduce Food Waste in Supermarkets? – FoodPrint
【関連記事】ESGとは?企業の取組事例やESG経営導入ステップをわかりやすく解説
Amazonや他EC小売店といった競合が数多く存在する中、ビックカメラにとって価格調整は重要な取り組みであり、ダイナミックプライシングを導入しました。
以前は値札を各商品に設けていたため、価格変更が行われるたびに人力で値札を取り替えるようにしていましたが、ダイナミックプライシングの導入に踏み切るべく、値札を「電子棚札」に切り替えました。この電子棚札により、価格変更が一括で行えるようになります。
これまで価格変更に費やしていたリソースを、本来大切であった接客業務に割り当てられるようになり、商品を購入せずに帰ってしまうお客様を減らすことに成功しました。
【参考文献】【ビックカメラ】リアル店舗でのダイナミックプライシング|導入事例を徹底解説
ダイナミックプライシングを導入したとあるECサイトでは、購入者データや在庫データ、そして複数の予測モデルを掛け合わせ最適な販売価格を算出できるようになっています。
この施策によって、利益を最大化できるとともに、在庫のロスも最小限に抑えられるようにもなっています。
販売に関するデータを収集できるネットショップと、ダイナミックプライシングの相性は良いと言えるでしょう。
ここでは、ダイナミックプライシングに関するニュースや動向についてみていきます。
NEC株式会社と三和コンピュータ株式会社が倉敷アイビースクエアに「ホテル向けダイナミックプライシングサービス」を提供することを発表しています。倉敷アイビースクエアでは、以前からダイナミックプライシングに取り組んでいたものの、需要供給の予測が以前よりも難しくなり、発生する手間も含めて、業務が属人化されてしまっていました。
そういった背景から、属人制を無くし、需要や供給に応じた価格決定の業務負担を軽減するためにAIを導入し、適切な客室単価を算出できるようになります。
参考:NECと三和コンピュータ、「倉敷アイビースクエア」に「ホテル向けダイナミックプライシングサービス」を提供
コカ・コーラボトラーズジャパン(CCBJI)株式会社は、ダイナミックプライシングを導入した自動販売機を年内に数千台配置することを発表しました。これまでCCBJIは全国一律の値段で清涼飲料水を提供していたものの、立地や時間帯に応じた需要に応えられていなかった状況でした。
また、実証実験では、ダイナミックプライシングによって、数量・売上は伸びる傾向にあるという結果も出ています。そのため、CCBJIの自販機では、夜間に自販機の値段を10円下げることからスタートし、今後は立地と需要・供給に合わせて値段を変えていくことも検討しています。
データコム株式会社は食品ロスを軽減する目的として、大量廃棄になりがちなクリスマスケーキに関するアンケートを実施。大量廃棄を防ぐ取組みとして「ダイナミックプライシング」を導入した場合、46.6%の人々が購入を検討するという結果を発表しました。
環境省が公開している令和3年度の食品ロスは、約523万トンとされており、これは「全国民がご飯茶碗1杯分の食料を毎日廃棄している」計算になるとのことです。
結果として「値段の高さ」や「食べきれない」といった意見が多かったことから、ダイナミックププライシングの導入と小分けの商品の比率変化によって、食品ロスを軽減できる可能性があることが示唆されています。
参考:20、30代でクリスマスケーキの大量廃棄を認知しているのは約60% 食品ロス改善には「ダイナミックプライシング」や「小分け商品」の販売が有効か
ダイナミックプライシングを導入する際に、必要となる技術やリソースについて触れます。以下で述べるものを踏まえ、必要な人材や予算を洗い出しましょう。
過去の販売データや需要のトレンド、競合他社の価格情報などから、需要の予測や価格最適化を実現するため、データ分析技術が備わった人材や知見が必要になります。例えば数理最適化に長けたデータサイエンティストなどです。
【関連記事】
【社員が解説】データサイエンティストとは?仕事内容やAI・DX時代に必要なスキル
数理最適化とは?機械学習・AIとの違いやビジネス活用事例をわかりやすく解説
また機械学習等を用いた需要予測モデルや、価格最適化アルゴリズムの開発もダイナミックプライシングには必要です。
また分析結果から機械学習を行い、需要予測モデルや価格最適化アルゴリズムの開発もダイナミックプライシングには必要です。
※機械学習については以下の記事で詳しく解説しているので、あわせてご覧ください。
【関連記事】機械学習とは?3つの学習手法と知っておきたい活用事例
したがってダイナミックプライシングには、エンジニアやデータサイエンティストといったDX人材が欠かせません。
※DX人材については以下の記事で詳しく解説しているので、あわせてご覧ください。
【関連記事】DX人材とは?必要な役割やスキル・マインド、人材育成のポイントを解説
ダイナミックプライシングでは価格をリアルタイムに変動させる必要があります。つまり、リアルタイムで価格を管理・更新するためのシステムやプラットフォームが必要です。このシステムを構築するためのエンジニアや専門人材も確保しなければなりません。
過去の販売データ、需要のトレンド、季節要因、競合他社の価格情報といったあらゆるデータがなければ、需要予測や供給量の算出・適切な価格設定を行うことはできません。また、データの収集・管理を担う仕組みやプラットフォームも必要になります。
ダイナミックプライシング導入のための必要な技術やリソースについて解説しましたが、同時に、導入時の「注意点」も押さえておきましょう。
価格変動によって顧客に「不信感」や「不公平さ」を与えてしまった場合、企業のレピュテーションに悪影響をおよぼすリスクが生じます。価格変動が不定期に発生することを顧客に対して公表し、適切なコミュニケーションを取り、顧客との関係性を構築・維持する姿勢が求められるでしょう。
信頼性や透明性を重視し、顧客とブランドイメージに配慮した価格戦略が必要です。
ダイナミックプライシングの導入にあたり、専門技術や専門人材の整備は必須です。自社が属する業界であればどういった技術が必要で、どういった職種の人材が求められるのか、入念にリサーチしなければなりません。
競合他社や市場の分析を事前に行いましょう。価格調整はあくまで経営戦略の一つの手段であり、分析結果によっては、ダイナミックプライシング以外にもベターな戦略が考えられるかもしれません。
分析の例として「競合他社のダイナミックプライシング導入の有無を確認する」が挙げられます。プライシングの施策が事業や売上にどのような影響を与えているのかを分析し、導入の検討材料にすると良いでしょう。
「カニバリ」とは「カニバリゼーション」の略で、「共食い」を意味します。ビジネス用語で表現すると「自社商品同士で売上のシェアを奪い合ってしまうこと」です。
つまりプライシングにおけるカニバリとは、「自社商品Aの価格変動により、自社商品Bが売れなくなること」を指します。
複数のサービスや商品が存在する場合、それぞれの売上・料金の関係を事前に把握しておくことは大切だと言えます。特に小売業界にとっては顕著なトピックです。
消費者の購買量と価格は、必ずしも線形になるとは限りません。
例えば1,900円の商品が1,000円になったとしても、前者と後者で需要はほぼ変動しないことがありますし、そこから980円になったとたんに需要が跳ね上がる、というようなケースも起こり得ます。
購買量と価格の相関は売り物によって異なるので、ダイナミックプライシングの導入時にこのあたりのデータも一緒に追えると、プライシングの適正を追求する際の有益な材料となります。
ダイナミックプライシングは、ESGの観点からも今後さらに求められる技術になるでしょう。「時間が過ぎると価値が失われるもの」によく活用されるダイナミックプライシングは、「無駄」や「ロス」の削減にもつながるからです。例えば食品や衣類、エネルギーなど。
これは単なる収益最適化戦略だけでなく、社会全体で取り組むべき課題解決にも貢献する技術とも言えるでしょう。
【関連記事】ESGとは?企業の取組事例やESG経営導入ステップをわかりやすく解説
ここまでをまとめると、ダイナミックプライシングは、収益の最適化を図れるアプローチであり、社会全体における課題解決にも寄与する取り組みと言えるでしょう。
データに基づいた価格設定は推進しがいのある取り組みだと思います。しかし、すべての企業やサービスが絶対に取り組むべき、というわけでもありません。あくまでダイナミックプライシングは一つの手段であり、データを活用したプライシング技術は他にも複数存在するからです。
業界や顧客の属性と向き合いながら、最適なビジネス戦略を導き出すことが大切だと言えるでしょう。
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