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2021年3月に、農林水産省は「農業DX構想」を発表しました。
DXは、ビジネスや行政手続きなどをデジタル技術によって変革する概念と考えられています。農業DX構想は、このDXを農業および食関連の産業分野にも当てはめて、その変革を目指そうという動きです。
今回の記事では、農水省の発表した資料の内容を取りまとめる形で、その全貌について見ていきたいと思います。
(DXの定義や意味をより深く知りたい方はこちらもご覧下さい)
【関連】「DX=IT活用」ではない!正しく理解したいDX(デジタル・トランスフォーメーション)とは?意義と推進のポイント
農水省は、日本の農業が抱える構造的な課題の解決、デジタル技術の進展を踏まえて、農業DXを構想するに至りました。まずは、その目的や背景についてご紹介します。
農業DXの目的として、資料では「FaaS(Farming as a Service)」という言葉が使われています。これは今回の農業DX構想検討会による造語であり、その定義は「デジタル技術を活用したデータ駆動型の農業経営により、消費者の需要に的確に対応した価値を創造・提供できる農業」です。
そもそも、農業の本来の役割は食料の安定的な供給です。この点は、時代によって変わることはないと考えられます。一方で、消費者主権ともいわれる現代の経済体制の中で農業がこの役割を果たしていくためには、新技術の導入により省力化を進めつつ、消費者に評価される価値を生み出して提供していくことが求められる、というのが検討会の考えです。つまり、モノではなく「消費者が求める価値」を売るのが、現代における農業のあるべき姿なのです。
以上を踏まえて、農業DXではロボット、AI、IoTなどを現場に実装して、データを活用した高い生産効率の営農を実現することを目指しています。消費者のニーズに応えたデータ活用型の農業こそが、「FaaS」の描き出す姿となっています。
農業DXを構想する背景には、当然ながら農業従事者の高齢化や労働力不足といった構造的な課題があります。
日本では農業従事者の高齢化が進み、今や基幹的農業従事者に占める65歳以上の割合は7割に達しました。新規就農者の数も少ないことから、既に労働力不足の問題が一部で顕在化しています。人手に頼る部分の多い労働集約的な生産・経営スタイルを続ける限り、現在の生産水準を維持するのが困難なのはもちろん、農地や農業施設などといった生産基盤の維持も困難になることが予想されます。これは、食料安全保障上の問題でもあります。
だからこそ、新技術によって生産性を高め、労働力不足に対応した効率的な生産・経営スタイルへ切り替えることが急務なのです。農業DXは、日本の農業の未来を占う重要な構想といえるでしょう。
高齢化や労働力不足が深刻化する中で、農業DXへ向けた取り組みには一定のタイムラインを設ける必要があります。農水省は、このタイムラインを「2030年」に置いています。ここには、デジタル技術の本格的な導入には一定の時間がかかること、10年程度経過すれば農業従事者の年齢構成や数が大きく変わると予想されることなどの根拠があります。
以上を踏まえて、農業DXやFaaSの実現のために、2030年に向けて必要なプロジェクトを機動的に実行することが求められます。具体的なプロジェクト内容については後述します。
農業DXに向けた取り組みを進める前に、現状を把握する必要があります。ここでは、資料に記載された農業・食関連産業分野におけるデジタル技術活用の課題についてご紹介します。
各領域においてデータ活用の実験的な取り組みが進んではいるものの、本格的な普及までには程遠いのが現状です。
例えば、生産現場では各種センサーやドローン、自動走行トラクタなどの導入が見られます。しかし、生産・出荷や経営に関する情報が人手と紙媒体で処理されるケースが多く、デジタル技術の導入になじみのない農業従事者が多いのが現状です。農業従事者が自らコストや適切な機械・サービスを検討し、これらを組み合わせて導入するのは難しいのもあり、デジタル技術やデータ活用への関心が十分に高まっていません。
調査によると、データを活用した農業を行う農業経営体は全体の2割にも達していません。さらに、センサーやドローン、カメラなどを用いてデータを取得し、分析を加えて農業経営に活用しているのは全体の1.1%しかありませんでした。高度なデジタル技術を活用した「スマート農業」の掛け声は大きくても、未だにアナログな農業経営を行う農業従事者がほとんどなのです。
高齢化や人口減少によって、個々の集落だけでは農業の継続が難しい地域が増加しています。こうした中で、インターネットやSNSなどを活用して都市と地方、地域内の異業種人材を結びつける動きが見られます。複数の集落が連携して地域課題に取り組んだり、グリーンツーリズムや農泊など都市と農村の交流を図ったりするものです。
農水省は「他産業を含めた地域全体の経済発展や活性化も期待される」としていますが、現時点で大きな広がりを見せているとはいえないようです。鳥獣被害対策や農業基盤の整備などにデジタル技術を活用して対策を効率化する動きも、本格的な実装は今後の課題となっています。
他産業に比べて、農業における物流効率化の動きは進んでいません。他産業では、複数の企業や異業者間での共同輸送、帰り荷マッチング、最適な輸送経路・手段を選択する試みなど、デジタル技術を活用した取り組みが進んでいます。ネット通販の増加に伴う個別輸送ニーズの高まりによって、トラックドライバー不足が顕在化するなど物流事情の課題が明らかになる中で、物流の効率化・自動化が進んでいます。しかしながら、農業においては取組みが進んでいるとはいえないようです。
また消費者ニーズの多様化に応じる形で、消費者と生産者を直接つなぐ取り組みも一部では始まっているものの、その接点は限定的です。紙媒体をベースとした情報のやり取りが多いのに加えて、サプライチェーンの川上から川下まで情報共有を行っているケースはごく限られています。
農水省の資料によると、農業DXの実現に向けて「現場」「行政実務」「基盤」の3タイプの各種プロジェクトを展開予定です。これらの多くは構想・実験段階ではあるものの、今後の農業の行方を占う重要なものとなります。
現場とは、生産現場はもちろん、流通、加工、小売、外食・中食などの各プロセスにおける「現場」を指しています。例えば、「生産現場におけるデジタル技術の活用」として、以下のようなプロジェクトが記載されています。
○スマート農業推進総合パッケージ
・ スマート農業に対応した農業農村整備
・ スマート農業技術を組み入れた新たな営農・畜産技術体系への転換促進
・ スマート技術の利便性向上・情報提供の促進
・ デジタルツール・データ活用スキルの向上
・ スマート農業の海外展開
・ 東南アジアにおけるスマート農業導入促進
○先人の知恵活用プロジェクト
○AI・データ・ドローン等を用いたスマート農業技術の開発プロジェクト
○有機農業見える化プロジェクト
資料では、デジタル技術の活用に伴う個別の現場の生産性向上に加えて、これまで接点のなかった異分野・業種や地域・国と新たにつながることが期待されています。
菅内閣の所信表明では、行政サービスにおけるデジタル化の遅れを課題として、システムの統一・標準化を進めることが述べられました。その一環として、農業DXの資料においても農業政策に関わる農水省の行政実務のデジタル変革について言及されています。
○業務の抜本見直しプロジェクト
○データ活用人材育成推進プロジェクト
○データを活用したEBPM・政策評価推進プロジェクト
○農業者データ活用促進プロジェクト
○農業DX情報発信プロジェクト
○農業農村整備事業業務支援システム刷新プロジェクト
○ドローン等を活用した農地・作物情報の広域収集・可視化及び利活用技術の開発プロジェクト
○統計業務の効率化プロジェクト
○農林水産省働き方改革プロジェクト
こうしたプロジェクトは、各種の取り組みを陰から支える形で、農業DXの実現に間接的に貢献すると考えられます。
基盤とは、「現場」と「行政実務」を結ぶデータ基盤を指しています。政策実行や行政実務の遂行に当たって、データの収集・交換・分析を円滑に進めるためのものです。
○eMAFFプロジェクト
○eMAFF地図プロジェクト
○MAFFアプリプロジェクト
○農業分野オープンデータ・オープンソース推進プロジェクト
○データのコード体系統一化プロジェクト
○行政手続データ項目標準化プロジェクト
○筆ポリゴン高度利用プロジェクト
○バックオフィス業務改革に資する人材情報統合システムの整備・活用プロジェクト
基盤の整備によって、政策と個別現場の取り組みが有機的に結びつき、日本農業のDX化を加速させると考えられます。
農水省から発表された農業DX構想は、現状ごく一部にとどまるデジタル技術やデータ活用の試みを拡大しようという狙いを持っています。アナログな価値観が根強く残る農業において、こうした取り組みを進めることは決して容易ではありません。しかし、高齢化や人口減少などといった構造課題を解決するには、避けて通れる道ではないことも確かです。
農業や食関連業界以外の業種においても、デジタル技術やデータ活用の方向性の定め方やタイムラインの決め方など、農業DX構想は大いに参考になるはずです。ぜひ資料の概要をチェックし、自社の取り組みの参考にならないか考えていただければ幸いです。
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