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※本記事は、「MarkeZine」に掲載された同内容の記事を、媒体社の許可を得て転載したものです。https://markezine.jp/article/detail/37130
コロナ禍でもEC事業を伸長させ、2021年2月期の連結EC売上高は約416億円となったオンワードホールディングス。同社のデジタル戦略を支えるのが、オンワードデジタルラボの酒見信次氏だ。売上やCVRという“近視眼的”な戦略だけでなく、徹底的な顧客起点によるIT・データ活用戦略を立てている。本記事では酒見氏とオンワードグループのデータ戦略パートナーであるブレインパッドの近藤嘉恒氏が、2022年度は連結EC売上高460億円を目指すオンワードグループのデータ活用戦略について対談した。
近藤氏 コロナ禍で苦境に立たされているアパレル企業も多い中、御社は継続してEC売上高を2桁成長されています。今回の対談ではその要因を探っていきたいです。
まず、御社がこれだけの成長を見せているのは、2度のリプレイスをはじめとした「自社ECの強化」「データ活用の推進」にあると思います。これまでの取り組みについて振り返っていただけますか。
酒見氏 はい、当時スタートトゥデイ社(現:株式会社ZOZO)が提供していたフルフィルメントサービスから自前化したのが1度目のECリプレイスです。「自前化」したことにより他モール連携や会員基盤の統合、MAの導入もでき、物流、CSなどの柔軟性も高まって、お客様ニーズと社内ニーズの両方に対応できるようになりました。
酒見氏 しかし、その時々のニーズに合わせて都度カスタマイズを繰り返す半面で、「システムの複雑化」が進み、お客様のニーズへの対応が困難になる場面も出てきました。加えて、時流に合わせて「オムニチャネル戦略」や「データ活用」のニーズも出てきていました。1度目のリプレイスがEC単体の刷新しか考えていなかったのに対し、「5年後を見据えた将来設計」をテーマに視野を広げて戦略を描いたのが2度目のリプレイスです。
近藤氏 どのようなコンセプトでECリプレイスを進めたのですか?
酒見氏 コンセプトは「業界No.1メーカーECサイト」です。その背後に「グループ全体でDXを推進するためのEC基盤」として定め、「サイトの利便性向上やオムニチャネル化、在庫の一元化、データの一元化」を本格的に実現するというミッションを設定しました。
今回、競合のECサイトを調査し、パーソナライズ・オムニチャネル化・利便性・決済方法など様々な項目で比較検討しました。たとえば利便性は、「商品の探しやすさ」「文字の見やすさ(視認性)」などです。また「サイト内の表示速度」も、“当然のサイト品質”として向上させることをテーマにあげました。
そして「業界No.1メーカーECサイト」となるために何が必要なのかを考え抜いた結果、「徹底したパーソナライズの実現」が必要だという考えに至りました。
近藤氏 「パーソナライズ」はどのECサイトでも実施していて、ある意味「特別な機能」ではなくなってきました。そのような中で、オンワードとして具体的にどのような点を改善しようと考えたのでしょうか。
酒見氏 以前のECサイトでは「十分なパーソナライズ」ができていませんでした。たとえば「23区」は売上構成比が大きいエースブランドなので、常に「23区」のブランドロゴがトップページの一番目立つ場所に固定されていました。しかし100以上のブランドがある中で、“すべてのお客様”が「23区が一番好き」「今23区が一番気になっている」とは限りません。
また、メールの「お気に入り通知」にも構造的に課題がありました。販売開始をお知らせする際、アイテム表示の順番は、実はECシステムの「ブランドマスタ」順でした。「23区」が1番、「組曲」が2番、「ICB」が3番で「自由区」が4番となっていたのです。お客様にとって「興味があって好きなもの」から表示したほうが喜ばれるため、そのような構造を根本から改善しました。
近藤氏 まさに原点に立ち返った「顧客起点」で構造を見直していったわけですね。
酒見氏 はい。パーソナライズの原点は、「その人が欲しい情報を届ける」ことです。しかし、様々な要因によりできていないことも多いです。その理由は、長年にわたりビジネスの構造を会社起点で構築してしまってきたからだと思います。新たに顧客視点に立ち、CX(Customer Experience)ファーストで仕組みを見直そうとした時に構造すべてを一致させていくことは、難しい面がありますが、「顧客起点を考え続ける意識・姿勢」が大切だと思っています。
近藤氏 2度のECリプレイスには、様々な経緯があり、そこからパーソナライズの改善に行きついたのですね。構造面での制約がある中で、デジタルマーケティングを推進するために一番留意した点はどこでしたか?
酒見氏 一番留意したのは「システム間連携」ですね。長年細かなアップデートを重ねた結果、様々な商品マスタが存在します。デジタルマーケティングに活用するためには、一度別システムを介して商品管理システムにつなげるなど、複雑な構成になっています。ここでつないだ商品マスタは、多数のツールに接続する仕組みを組んでいます。
近藤氏 確かに、酒見さんは、デジタルマーケティングの知見だけでなく「システム」の知識が非常に豊富ですよね。デジタルマーケティングは、消費者との接点となる「接客やレコメンド」を注視しがちですが、「デジタル時代の顧客起点」を進めるには、データがどう流れ、各システムでどのように利用されているのかという「データ・システム」から全体像を理解したうえで、戦略や活用を考えることが必須となりますよね。
以前、御社の基幹システムの全体図を見せていただきましたが、多種多様な業務システムが「ICチップの回路」のように精密に組まれていて、それを酒見さんが精緻に把握されていたのが印象的でした。全体が俯瞰できるからこそ行える「顧客起点」。まさに「データマーケティングは“小手先”ではない」ことを、酒見さんとの対談で気づきました。
近藤氏 今回のプロジェクトでは、多くのツール導入を行いましたが、重視したところはどのあたりですか?
酒見氏 すでに世の中にあるもので良いものは取り入れていくことを基本に、一部独自の機能を作り上げてきました。この仕事をしていると忘れがちですが、私たちも一歩外に出たら一消費者として、日々素敵な購買体験を受けています。「あれは良かった」と日常的に感じている部分をメンバーとディスカッションしながらひたすら取り入れ、要件定義をしました。そのうえでツール選定を行いました。
近藤氏 「ベスト・オブ・ブリード」で優れたものを選んでいった形ですね。どのような観点で選ばれたのでしょう?
酒見氏 一番重要なポイントは、「自分たちの理想にいかに近づけるか」という点だと思います。いいツールはたくさんあるのですが、機能の有・無ではなく、「理想の実現」のためにできること・できないことを詳細に整理していくと、理想とは若干違ってくる点も出てきます。そこをいかに理想に近づけるかという点が大切です。
酒見氏 そこで核になるのはやはり“人(パートナー)”です。ツールの良し悪しでの選定だけではダメで、「このように使ったら“オンワードのお客様”のためになる」という想いをくんで、自分ゴト化し伴走・実行してくれるパートナーとお付き合いをするように心がけています。
近藤さんとは長年交流があり、この界隈の業界歴史も理解されているので、「この部分が選ぶポイントで、ここはオンワードとマッチしている」と丁寧かつ詳細にアドバイスを貰っています。私たちのビジネスのステージや特性を理解し、真剣に考えていただける点がとても心強いです。また、ブレインパッドという会社は、データ活用のパイオニアですし、「データの価値を本当にわかっているな」という印象を持っています。未知の領域へ新たな挑戦を進める中で、「安心」が備わっていることは重要でした。ブレインパッドの「Rtoaster」を導入してパーソナライズの改善に取り組んだのには、そのような経緯があります。
近藤氏 ありがとうございます。今回のリプレイスで「Rtoaster選定のポイント」としてお伝えした「表示速度」の話を思い出しますね。機械学習を用いた精緻なパーソナライズでの精度はもちろんですが、オンワードさんのようにセッションデータ量が多ければ多いほど、「表示速度の安定性」が実は重要になってきます。ロイヤルカスタマーはトランザクションが多いがゆえに、それに耐えうるツール選定が必要です。「ツール自体がもつスペックの比較」はベンダーの資料には記載されていないですからね。
酒見氏 まさに、EC売上高が100億円を超えたあたりからデータ量も膨大になってきて、表示速度の遅延は不安材料だったので、とても重要視していました。その不安が払拭できたのは大きいです。
また今回、新たな取り組みとして、Rtoasterでのレコメンドだけでなく、購買データに加え、行動データやアクセスログなど様々なデータを使い、「誰が今何のブランドを好んでいるのか」をスコアリングする仕組みを作りました。購買データだけだとお客様が「実は気になっているが購入に至っていないブランド」情報まではわからないままでした。
購買データだけを使った場合、購買「数」でソートしても 単価の安いブランドが上位表示されてしまうケースが多かったのです。そこで購入データに加え、商品閲覧、カートイン、お気に入り商品登録、といった複数のカテゴリーデータを組み合わせてアルゴリズムを設計しました。お客様の見えないニーズをすくい取り、探索的なパーソナライズを推しはかることができるのは、データを活用するスペシャリストである、Rtoasterとブレインパッドだからこそだと思いますし、そこに期待もしています。
近藤氏 オンワードグループではデジタル戦略の核として「データ活用」を位置付け、積極的に取り組んでいます。この部分で酒見さんが考える課題、施策について教えてください。
酒見氏 オンワードは古くから「IT化」に取り組んできています。そこで蓄積されてきた「データ」を利点として活かすために、「マスタの整備・考え方の転換」が重要だと実感しています。
たとえば百貨店の本館・別館に出店する際、本来ユニークであるはずの店舗IDが同一IDに階層的にぶら下がるケースがあります。データ分析を行うためにデータを頑張って整備しているのですが、成型するコストがかかるし、歴史を知る属人的な知識が必要になってしまいます。
古き良き仕組みを熟知しつつ、データの粒度をそろえて、「データで判断を促す」「データで意思決定する」という活用を行うには「マスタのあり方」への根本理解が必要だと感じています。
近藤氏 そこは基幹システムを「商品」を軸に組み立てた部分、「流通」を軸に合わせた部分と、「顧客」起点に立ったシステムのあり方の3つを実現しようとした際に見える課題なのでしょうね。
酒見氏 おっしゃるとおりです。オムニチャネル化で難しいのが、「購入の認識の違いがある」という問題です。店舗の場合は「レジ通過」で、卸の場合は「出荷」です。ECの場合、「お客様が注文」なのか。それとも「出荷したタイミング」なのか。それだけでリードタイムは1週間くらいずれます。ここに「予約販売」も入ってくるとさらに複雑になっていきます。
酒見氏 ですので、購買データを使って需要予測をやろうとしても、イレギュラーなデータが多く、正しい判断ができません。この状況を理解せず、何でもAIに分析させれば良いという考えだと失敗します。「データがあれば何でもできる」と思うのは大きな間違いで、データの定義をちゃんと理解し、整理することがとても大切です。
そして「データは噓をつくこともできる」ので真実とは限りません。「この施策は正しかった」という結論を得るためにデータの切り取り方を変えてしまうのではなく、「これはお客様にとって意義があったか」という視点で「データを客観的に据えた戦略」や施策を展開していくことが大切だと思っています。
近藤氏 最後に、EC売上高460億円の目標達成とその先の方向性をお聞かせください。
酒見氏 まずは安定的な成長拡大のために、「これはお客様にとって正しいかどうか」という視点でデータを活用して広告やCRMの精度を地道に改善していくことが最重要です。ただ一方でシステマチックになりすぎることは良くないと考えています。
またオンワードがメーカーであるがゆえにもつ「情報の付加価値」を見出していきたいです。商品のすばらしさ・こだわり、ブランド・作り手の想いをしっかりとデジタルを使って届けていきたいと思っています。
アパレル業界は実は業界専門用語が多く、お客様が理解できないことも多くあります。私もデジタルの出自なので最初はわかりませんでした。こうした中、お客様に寄り添うD2Cブランドも出てきて、消費の多様性が深まっています。これまでのようにブランドへの“憧れの醸成や雰囲気のみの訴求”だけでは勝負できなくなってきました。そのため、無機質なECではなく「商品コメントやタイトル」などをお客様に伝わるものに丁寧に変えていきたいと思っています。
当社の商品の「らしさ」で、「縫製や品質へのこだわり」があります。肌に触れる位置に縫い目がないように気を遣い、厳しい品質テストを繰り返してクリアした商品を提供しています。こういった「こだわり」をデジタルの力で魅力的伝えていくことはこれからの挑戦です。
もう一つ、オンワードデジタルラボという研究開発機関の側面では「データを使った需要予測」には取り組んでいきたいです。正確な需給予測により生産計画が適正化できれば、余剰在庫を防ぐことにつながります。これは仕入れ先・生産者といった様々なステークホルダーにとって望ましい状態だと思います。
このような取り組みが社会課題になっている衣服ロスや環境問題にも貢献できると思いますし、結果としてオンワードのブランド経営の視点でも大切だと考えています。次の100年に向けて、サステナブルな社会にデータを使って貢献できるようにしていきたいですね。
近藤氏 ブレインパッドでは、過剰な在庫や衣服ロスを解決する仕組みとしてダイナミックプライシングのアルゴリズム開発を行っており、すでにいくつかの通販ブランドと組んで実用化が進んできています。そうした成果も踏まえて、次の100年につながる新しいアパレルのビジネスモデルの推進をお手伝いできるかもしれません。今日はありがとうございました。
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