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人的資本経営とは、人材を資本と捉えて積極的に投資を行い、企業の利益に繋げる経営方法です。本記事では、人的資本経営の定義やメリット、活用事例を解説します。
人的資本経営とは、人材を「資本」と捉えて投資を行い、長期的に企業の利益に繋げる経営手法です。
この手法では、人材を「定年までの限られた労働力」と捉えるのではなく、「投資次第で価値が上がっていくもの」と捉えます。
経済産業省は、人的資本経営を次のように説明しています。
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。
引用:経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」
この「人材の能力を高めて企業価値も高める」経営手法が、近年注目を集めています。その背景には、飛躍的な技術革新や、日本の人口問題などが関与しています。
コロナ禍により、在宅勤務やテレワークなどの、これまであまりされてこなかった働き方が普及しました。これにより、従来日本に定着していた「日本的雇用慣行」から「ジョブ型雇用」へ移行する企業も増えました。
このような変化により、企業が求めるスキルや、従業員が持つ意識は大きく変化しました。これに対応するには、人材戦略の変革が必要ということで考えられたのが人的資本経営です。
国もこの人材戦略を重要視しており、経済産業省は2020年に、経営戦略と連動した人材戦略を行うためのヒントを記した「人材版伊藤レポート」を発行しました。このレポートは国内外から大きな反響を受け、日本の経営者が人的資本経営を行う大きなきっかけになりました。
DOORS編集部では、2022年5月に発行された「人材版伊藤レポート2.0」の重要ポイントを{「人材版伊藤レポート2.0」改定~人材資本経営の進め方~}で解説しています。記事では、人的資本経営の具体的なアイデアを紹介しています。人材に関わる仕事をしている方は、ご自身の業務に役立ててみてください。
今もなお続いていると言われる第3次AIブームにより、多くの技術革新が起こっています。これにより、単純作業や事務作業は、人手を使わなくてもこなせるようになりました。
そこで、現在必要とされているのは、人にしかできない業務です。例えば、0から1を生み出すクリエイティブな仕事や、人の心を汲み取る仕事などがあります。このような業務は、AIの不得意分野であるため、人手を割いて業務を行わなければなりません。
しかし、AIがこなせないクリエイティブな仕事をするには、従業員が高いスキルを身に着ける必要があります。これを実現するためには、従業員に対して積極的に投資を行う、人的資本経営の実施が効果的なのです。
日本は深刻な人口減少と少子高齢化に直面しており、2050年には人口が1億人を割ると言われています。人口減少に加えて少子高齢化が進めば、労働力となる人材は大きく減少します。
また、人口減少はすぐに止められない状況まで来ているため、自然と従業員の数は減少傾向に向かうでしょう。そのような状況下でこれまでと同様の生産性を保つには、従業員一人一人の能力を上げる必要があります。そのためには、従業員に積極的に投資をおこなう人的資本経営が必要なのです。
ESGは、企業の成長に必要とされている「環境」「社会」「企業統治」の頭文字を取った言葉です。海外では15年以上前から重要視されていた考え方ですが、日本では最近になって注目を集めています。近年は、投資家の中で「ESG投資」という語句が作られるほど重要視されています。
人的資本経営は、「社会」と「企業統治」に関わる経営方法です。このように、人的資本経営を行えば、企業の成長を進めながら投資対象にもなることができます。
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最も大きな違いは、人材の捉え方です。
従来は人材を「消費してなくなるもの(限りあるリソース)」として管理してきました。しかし人的資本経営では、人材を「価値を創造する資本(投資することで価値が向上する存在)」として捉えます。
それに関連して、以下のような考え方に違いがあります。
従来の考え方 | 人的資本経営の考え方 | |
人材マネジメントの目的 | 管理 | 価値創造 |
企業と従業員の関係性 | 相互依存 | 自律 |
雇用の関係性 | 囲い込み型 | 選び、選ばれる関係 |
人材を「資源」と捉えていれば、「その資源をどのように管理して消費するか」とマネジメントするようになるでしょう。これが、従来の考え方です。
しかし、人的資本経営において人材は「資本」です。資本は投資対象であり、投資によって価値が上がるため「どのように成長させ、価値を創造させるか」とマネジメントするようになります。このように、人的資本経営は、従来の考え方と人材マネジメントの目的が異なります。
人的資本経営が成功すると、企業と従業員の関係が「相互依存」から「自律」に変わります。
これまで日本では、年功賃金・終身雇用・企業別組合が特徴の「日本的雇用慣行」が主流でした。この雇用慣行は、かつての日本企業の経営戦略には合致していましたが、急速な変化が求められる現代の競争には向いていません。多くの場合、企業が労働力を求め、従業員は報酬を求める「相互依存」の関係になってしまいます。
しかし、人的資本経営を行うと、企業は成長の機会を従業員に与え、従業員はそれに応じて成長していきます。その結果、お互いが弱い部分に依存するのではなく、自らが強みを持った「自律」した状態になります。
これまで日本では、終身雇用を前提とした「囲い込み型」の雇用形態が一般的でした。しかし、人的資本経営では「選び、選ばれる関係」を理想としています。
従来の雇用形態では、メンバーの入れ替わりがほとんどなく、安定したコミュニティが形成されていました。しかし、現代の急速な変化に対応するためには、多様な人材が必要です。
これを実現するには、企業は魅力的な労働環境を提供し、従業員は企業に求められるような技術力をつける必要があります。簡単なことではないですが、実現すればそれぞれの仕事に対して、最も適切な人材が業務を行えるようになります。
企業が人的資本経営に取り組むと、以下のようなメリットが得られます。
人的資本経営では、人材に対して適切な投資を行うために、まずは人材データの見える化を図ることが多いです。それにより、従業員それぞれの長所や短所がわかり、何に投資すべきかが明確になります。
人材データを可視化すると、各従業員の特徴が分かるだけでなく、企業全体でどれだけの人的資本があるのかを把握することも可能です。また、人材に対して適切な投資を行えているかを、定量的に判断する材料にもなります。
※例えば東海東京証券株式会社では「人材データ活用」にいち早く取り組み、ハイパフォーマーな営業人材の見える化を実現すべく動かれています。
【人材データ活用による見える化を推進する企業事例】
人的資本経営を推進するために必要な「人事DX」~人材・組織データを活用した「営業組織力向上」と「顧客満足度向上」とは~
人的資本経営では、人材に対して積極的に投資を行います。投資が増えれば、成長する機会も増えるため、従業員の能力は上がりやすくなるでしょう。
また、従業員の能力が向上して会社の利益が増えれば、それに応じて従業員に投資する金額も増加します。このようなサイクルを繰り返すことで、従業員の能力と会社の利益を共に高めていくことができるようになります。
人的資本経営を行うと、人材への投資が増えるため、従業員が成長しやすい環境になります。また、従業員に積極的に投資を行っていると、従業員からの信頼も得られやすいです。これらの理由から、人的資本経営を行うと、従業員からの満足度が向上します。
そうなれば、成長を求める優秀な人材が離れることなく、企業に貢献し続けてくれます。またこれにより、従業員の満足度が上がったり、離職率が低くなったりするなど、様々なメリットが得られます。
人的資本経営を行っている企業は、従業員の成長に多くの投資を行うため、従業員の満足度が向上します。また「人材を大切に育てる会社」として認知されれば、社会的な印象も良くなるでしょう。当然それにより、優秀な人材が集まったり、企業の社会価値が向上したりと、良い影響を受けられます。
このように人的資本経営を行うと、従業員だけでなく、社会からも良い印象を持ってもらうことができます。
人材に対して積極的に投資を行う企業は、長期的に成長する可能性が高いと判断され、投資の対象として高い評価を受けます。また、人材に対して積極的に投資を行う会社は、社会的なイメージが良くなりやすいです。
社会的なイメージが良い企業は、取引が成功しやすかったり、優秀な人材が集まりやすかったりと、企業の価値が高くなりやすい傾向にあります。そのため、人的資本経営を行う企業は、投資されやすくなるのです。
2018年に国際標準化機構(ISO)によってISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)が発表されました。
ISO30414には、人的資本経営のために企業が開示すべき情報が掲載されています。ISO30414が情報開示を求めているのは、以下11領域です。
これらの情報を公開すると、労働力の持続可能性向上や、人的資本の貢献度の透明化が図れます。そのため、人的資本経営を進めるには、これらの情報公開が欠かせません。
ここでは、それぞれの領域にどのような項目があるのかを解説します。
コンプライアンスと倫理は、企業がどれだけ社会的規範や法令を遵守しているかの指標です。
具体的には、以下のような項目が含まれています。
コストは、人材に対してどれだけのお金を使っているかの指標です。
具体的には、以下のような項目が含まれています。
ダイバーシティは、雇用している人材にどれだけ多様性があるかを示す指標です。
具体的には、以下のような項目が含まれています。
リーダーシップは、企業のトップに対して従業員がどれだけの信頼を置いているかや、役員にどれだけの統率力があるかを示す指標です。
具体的には、以下のような項目が含まれています。
組織文化は、従業員が企業にどれだけ満足しているかを示す指標です。
具体的には、以下のような項目が含まれています。
健康・安全は、文字通り、従業員の健康や安全がどれだけ守られているかを示す指標です。
具体的には、以下のような項目が含まれています。
生産性は、人的資本が生産性に与える影響を示す指標です。
具体的には、以下のような項目が含まれています。
採用・異動・離職は、採用活動や社内の異動事情などを示す指標です。
具体的には、以下のような項目が含まれています。
など15項目
スキル・能力は、従業員の持つスキルや、能力開発にかけている費用を示す指標です。
具体的には、以下のような項目が含まれています。
後継者計画は、後継のスムーズさを示す指標です。
具体的には、以下のような項目が含まれています。
労働力は、どれだけの労働力を有しているかを示す指標です。
具体的には、以下のような項目が含まれています。
人的資本経営は、DXを推進することでより効果的に行えることが分かっています。ここでは、その理由と、DXで人的資本経営を推進した事例を解説します。
人的資本経営では、データを活用する機会が数多くあります。
これらを全て行うには、データを収集して解析し、見える化する必要があります。これらをシステム無しで行うのは現実的ではないため、人的資本経営にデジタル化はほぼ必須と言えるでしょう。
DX化をすることで、効率的に人的資本経営を推進することが可能になります。ただしこの際、社内全体でDXを行うことが重要です。
もし、社内の一部でデジタル化をしたとしても、社内全体の情報が反映されないため、利用できるデータが限られてしまいます。また、他部署のデータを活用すればより良い成果を上げられる場合もあるでしょう。
また、社内全体でDX推進を行えば、社内全体のデータが活用できたり、社内データの透明化を図れたりと、多くのメリットを得られます。さらに、一度データを入力してしまえば、その情報は社内全体に共有されるため、データ入力の手間も省けます。
加えて、DXにAI技術を用いれば、より高度な人的資本経営を行うことが可能です。その理由の一つとして、一人一人に合わせたきめ細やかなサービスが可能である点が挙げられます。
例として、筆記調査から人材データの見える化を図ることを想定します。従来のデジタルシステムでは、予め決めておいた質問をして、それによって得られた回答パターンから、従業員の特徴を導き出すという手順が取られるでしょう。
しかしAIは、回答に応じて質問内容を変化させることができるため、従業員の特徴をより深く捉えることが可能です。このように、DXも工夫して行うことで、人的資本経営を効率的に推進することができます。
ここでは、人的資本経営の活用事例を紹介します。
三菱ケミカルは、主体的・自律的なキャリア形成を実現するため、社内公募制度・勤務地継続制度を導入しました。
従来は、会社指示により異動が発生していたため、本人が勤務地を含むキャリアデザインを描きづらいという欠点がありました。
そこで同社は、主体的かつ自律的なキャリアを実現できるよう、人材需要が発生した際には社内公募を活用し、意欲がある人材を配置できる仕組みを取りました。
これにより、本人が主体的かつ自律的なキャリアを実現しやすくなることに加え、人事異動を透明化することにも成功しているようです。
他にも同社は、主体的なキャリアを支援するための1on1面談や、経営陣のダイバーシティ改革、若手主導の人事制度改革など、社内全体で人的資本経営を進めています。
キリンホールディングスは、イノベーション創出のため、キャリア採用やグループ内外の企業との人材交流を積極的に実施しています。
これまで同社は、安定志向の従業員が多く、イノベーションが生み出されにくい環境にありました。そこで、女性リーダーの育成や挑戦志向を持つ人材の採用を行うことにより、組織風土の変革を図りました。
その結果、女性リーダーの比率が10年前の2倍になったり、若手社員が企業内大学「キリンアカデミア」を立ち上げて挑戦志向の風土を作ろうとしたりと、社内で多くの変化が起こっています。
同社はその他にも、経営戦略を踏まえたうえで専門人材を採用したり、従業員エンゲージメントを重要成果指標として評価したりと、人的資本経営を積極的に推進しているようです。
花王は、理想やなりたい姿を目標に設定するOKR(Objectives & Key Results)を導入し、成果だけにこだわらず、挑戦しやすい環境づくりを行いました。
同社は従来、100%を目指すことが前提のKPIにより評価していましたが、期限までの達成が難しい目標は設定しにくい傾向にありました。しかし、OKRでは「理想に近づくための高く挑戦的な目標」を設定するため、必ずしも短期的に達成する必要はありません。
同社では、OKR達成率が60%で最低限の目標を達成したとみなされ、100%で革新的な成果を生み出したと見なされます。よって、今まで設定できなかったような、難易度の高い目標も設定できるようになりました。
さらに、長期的な目標を明確にすることで、同じ目標を持つ従業員との部署を超えた連携や、バックキャスティングした短期的な目標の設定などができているようです。
同社はこの他にも、障害者や女性が活躍するための具体的なアクションプランを立てたり、従業員の能力を最大限発揮するためのキャリア開発を行ったりと、様々な視点で人的資本経営を推進しています。
本記事では、人的資本経営の概要や導入事例を解説しました。
近年のめざましい技術変革もあり、システムや外部技術への投資に目が行きがちですが、投資先を決めるのも、投資したシステムを利用するのも内部の従業員です。
そのためむしろ、長期的な利益を考えるのであれば、まずは人材に投資をして、それぞれの従業員が最大限能力を発揮できる環境を作る方が良いと言えます。
人的資本経営は、データを適切に利用することで大きな効果を発揮します。現在、人的資本経営に適した分析ツールは数多くありますので、ご自身の企業に適するものがないかを探してみてはいかがでしょうか。
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