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DXを推進するには、知識・能力・経験を兼ね備えた人材の育成や確保が必要不可欠です。そのような人材は、どのような能力を持っている必要があるのでしょうか。
経済産業省のものづくり白書では、製造業DXを推進する人材の条件について、ページを割いて説明しています。今回は、その中で挙げられている「システム思考」「数学力」を中心に解説いたします。
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しばしば、人手不足や高齢化の指摘される昨今の製造業ですが、現在はどのようになっているのでしょうか。まず、製造業とデジタル化に必要なIT人材の現状について、ものづくり白書の記述を基に整理します。
2020年に入って、人材確保状況の傾向が変わりつつあります。有効求人倍率は2019年6月まで1.6倍を超える高水準が続いていたものの、その後は低下傾向となっています。2009年以降、長きにわたって回復が続いていた有効求人倍率も、変調が見られるようになりました。
一方、製造業の従業員不足感については、2014年以降「過剰」と答える割合を「不足」が上回り続けており、人材不足感が継続しています。しかしながら、2019年以降、差が縮小傾向にあり、やはり変調が見られます。新型コロナウイルスの感染拡大で多くの企業が打撃を受けていることから、この傾向が強まることも予想されます。
一方で、IT人材の不足感は深刻化しています。情報処理推進機構の「IT人材白書2020」によると、アンケートでIT人材の量が「大幅に不足している」と回答したユーザー企業が3分の1近くに達しており、「やや不足している」と合わせると9割弱に及びます。2015年以降不足を感じる企業の割合は上昇を続けており、課題は全く解決されていないと考えられます。
IT人材の質についても、不足感を持つ企業が圧倒的大多数を占めています。2019年の結果では「大幅に不足している」が約4割、「やや不足している」が半数以上となっており、やはり9割ほどの企業が「不足している」と認識していることになります。
このような、IT人材の質量両面での供給不足は、製造業において、デジタル化によるエンジニアリングチェーン強化に向けた課題の一つです。
IT人材は、製造業における設計力強化に、大きな役割を果たすと考えられます。3DCADやCAEなどを活用した設計工程である「バーチャル・エンジニアリング」、ビッグデータを活用した新素材開発「マテリアルズ・インフォマティクス」などによって、設計工程は大きな変革期を迎えつつあります。
ただし、ITに精通した人材だけで設計力を強化できるわけではありません。開発工程のデータや販売データなどを設計工程へフィードバックするなど、複数の部門や工程で、データを連係させることが必要です。
参照:【ものづくり白書から読み解く①】日本の製造業におけるDXの課題とは?「エンジニアリングチェーン」と「サプライチェーン」を実現するデータ活用
製造業のDXのためには、ITの知識のみならず部門間連携を含め、全体最適を考慮し、ビジネス全体を俯瞰する能力も重要です。ものづくり白書では、こうした「システム思考」について記載されています。システム思考の内容と、製造業のDXに求められる理由を説明します。
システム思考は、各部門の個別最適ではなく、全体最適を考慮してビジネス全体を俯瞰する能力です。これは、複数の専門分野を統合して、システム全体を成功に向けて動かす力でもあります。
何か問題が発生した際に、その問題事象自体だけを見るのではなく、それを取り巻く全体像がどのような要素のつながりでできているか把握しようとします。そこから本質的な原因を見出し、問題解決に最も効果的なアプローチを構築しようとするのです。
DXは、まさにシステムとして、人や各部門の思惑が絡み合う会社全体の変革を試みるための取り組みです。ある部門単位で業務のデジタル化を果たしても、別の部門の業務負担を増やしたり手戻りにつながったりと、かえって生産性を低下させるリスクがあります。システム思考を実践して、部門同士の絡み合いを俯瞰し、全体最適の解決法を考案・実行することが求められます。
システム思考はアメリカで発展してきました。特に軍事産業や航空・宇宙産業など、大規模なシステムを設計・運用するために、必要不可欠な能力です。日本の製造業のデジタル化は、部門単位の個別最適に陥りがちであることから、システム思考を強化することが重要と言われています。
システム思考のためには、チーム同士の協働が欠かせないことから、日本的手法とされる「ワイガヤ」や「スリアワセ」と共通するという指摘もあります。部門間でデータの連携を進めることにより、システム思考の導入を容易にするとものづくり白書では説明しています。
システム思考とともに、製造業のデジタル化には、数学の力が必要であるとも述べられています。数学の必要性を説明するとともに、日本において数学の知識や能力を有する人材がどれだけいるのか、現状と課題についてもご紹介します。
デジタル化の進んだ製造業に不可欠な、データ分析、モデリング、シミュレーションといった業務で、数学の能力は非常に重要です。特にAIの活用に際しては、学習データや推定結果の信頼性向上、AIの制御など、数学が必要となります。
AIのみならず、VRやAR、マテリアルズ・インフォマティクス、量子コンピュータなど、革新的なデジタル技術の多くは、活用する際に高度な数学の能力を要求するものです。
前述のシステム思考とも、数学は密接な関わりを持ちます。システム思考は、個別課題を抽象化・一般化することで俯瞰し、統合的に解決する能力であるとも言い換えられます。この抽象化・一般化の際に、数学的な思考が大きな力を発揮します。システム思考を身につける際に、数学の能力が前提となってくるでしょう。
ものづくり白書は、日本の数学水準に高い評価を与えています。たとえば、若い数学者の優れた業績を顕彰するフィールズ賞の受賞者数は世界第5位の3名であり、これ以外の著名な賞を受賞する研究者も輩出しています。研究分野だけではなく、日本の児童の科学的リテラシーや数学的リテラシーが、国際的に見ても上位にあるとの調査結果も出ています。加えて、「国際数学オリンピック」や「国際情報オリンピック」でも、例年メダリストを輩出するなど、高いポテンシャルを持つことが分かります。
企業も、理数系人材を積極的に獲得する傾向にあります。2017年度と2019年度の採用希望人数を比較すると、全体では減少しているにもかかわらず、人工知能やWebコンピューティング、統計・オペレーションズ・リサーチ、数学の各分野で大きく増加していることが明らかになっています。
しかし、数学人材の活用には課題も出ています。その一つは、若手数学者のうち民間企業に就職する者が比較的少ないことです。数学の博士後期課程を修了した若手数学者の大半は、高等教育機関に進んでおり、民間企業などに進むのは、わずか12%程度にすぎません。アメリカでは数理科学のPhD修了者数が増加傾向にあり、民間企業の就職率も約30%に達しています。
以上を踏まえると、日本の数学人材は充実しているものの、その受け皿となる民間企業が決して多くないことがうかがえます。
DXを推進する人材は、必ずしもIT知識だけを身につけていればよいわけではありません。全体を俯瞰して最適な解決法を見出すシステム思考、高度なデジタル技術の活用に欠かせない数学の能力を持つ人材も、DXの実現には必要となります。
その一方で、IT人材の不足感は、今後ますます強まる可能性があります。ものづくり白書では言及されていませんが、ITやシステム思考、数学などDXに必要なスキルを割り出し、そうしたスキルを持つ人材の育成や外部からの確保方法を検討することが急務となります。高度な知識を一長一短に養うことは困難ですから、多くの企業では外部の専門機関や人材を活用することが求められそうです。
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(参考)
この記事の続きはこちら
【ものづくり白書から読み解く⑤】ダイナミック・ケイパビリティとは?
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