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マーケティング領域での意思決定とデータとの関わりを論じる本シリーズ。
第5回である今回は、データとビジネス機会との関係について論じてみようと思います。
本題とは関係ないように感じるかもしれませんが、まずは、単純な数値に基づく意思決定について考えていただきたいと思います。一つ目の意思決定は、次のようなものです。
お金をもらえます。どちらにしますか?
A)100,000円もらう
B)50%の確率で当たるくじを引いて、当たれば200,000円がもらえて、ハズれれば100円がもらえる
さて、みなさんならどちらを選ばれるでしょうか。次は、このような意思決定について考えてみてください。
お金を支払っていただきます。どちらにしますか?
a)100,000円払う
b)50%の確率で当たるくじを引いて、当たれば100円を払って、ハズれれば200,000円を払う
この場合ではいかがでしょうか。私は、大学の授業をはじめ様々な講義の中で、この2つの意思決定について尋ねたことがありますが、多くの人はお金をもらう場合にはAを選び、お金を払う場合にはbを選択します。
当然、このような意思決定では、どちらが「正しい」ということはありません。しかし、できる限り客観的にこの意思決定を捉えようとするなら、「期待値」を比べてみることには意味があるでしょう。もらえるお金、支払うお金の期待値は、以下の通りです。
もらえるお金の期待値
A)100,000円
B)200,000×50%+100×50%=100,050(円)
支払うお金の期待値
a)100,000円
b)100×50%+200,000×50%=100,050(円)
実は、期待値だけを考えれば、多くの人が選ぶのとは全く逆の、お金をもらう場合にはBを選び、お金を払う場合にはaを選ぶのが良いと考えられるのです。なぜなら当然、もらうときには期待値の大きい方、支払うときには期待値の小さい方を選んだほうが、より得をする可能性が大きいからです。
これは、経済学などで、「フレーミング効果」として知られるもので、その説明としてプロスペクト理論などが有名になりました。ただ、ここではそのような意思決定の構造を説明するのが目的ではありませんので、詳しい解説は省きます。
感じていただきたかったのは、我々にとって、直感から逃れてデータを見ることが、かくも難しいということです。
これからお話するのは、実際に私が経験したことではありますが、それを一般化するためにデフォルメしたものですので、まずはその点ご留意ください。
ある日用消費財ブランド(年代に関係なく必要とされるようなもの)のマーケターが、下図のようなグラフを見て言いました。
「うちのブランドは40代に最も強くて、その上下に向かって弱くなっていくんです」
そして、ビジネス機会について語りました。
「30代はともかく、50代はもう少し伸ばせると思うんですよね」
解説は後ほどまとめて行うとして、似たような例をもう一つ。
5年ほど前、あるシニア向けサービスの年齢別会員数について、下図のようなグラフを見て、「ウチのサービスって、69歳に壁があるんですよね…」というお話をされたマーケターがいました。 ビジネス機会としては、「70歳までうまく継続させれば、もう少しビジネスが成長すると思うのですが…」というようなものです。
これらについて、みなさんは、どう思われますか?
さて、2つの事例について、どちらも直感的には正しくグラフを読み解いているように見えます。しかし、この連載で何度もお話した、「データを通して実体を見る」という観点からすると、どうにも頼りない読み解きということになります。
日用消費財の例では、確かに、顧客数が最も多いのは40代ですし、ひとつ下の30代と、ひとつ上の50代を比較すると、40代に対して減少幅が大きいのは、50代です。
ただ、この日用消費財は、年代に関係なく必要とされるものでした。とするならば、20代~60代の全員が見込み顧客、ということになります。
それを考えると、このような年代別の顧客数分布を生み出す元になっているのは、日本の人口構成であるはずです。せめて、人口対比くらいは同時にみるべきでしょう。下図がそれを表したものです。
このグラフのオレンジ線(人口対比)からは、とてもこのブランドが40代に最も強い、とは言えないでしょう。むしろ、20~30代の若い世代に好まれていて、そこから年齢が高くなるほどあまり好まれなくなる傾向が見えます。その背後にある消費者心理を考えてみても、40代だけに特異的に好まれる理由より、20~30代の若い世代に好まれる理由のほうが自然に思いつきそうですので、どちらかと言えば、こちらの方がよく実体を表しているように思われます。
もうお分かりと思いますが、シニア向けサービスの顧客の人数分布に見られた69歳の壁(急に顧客数が減る年齢)を生み出しているのも、日本の人口構成と考えられます。 下図が人口対比を重ねたものですが、69歳に壁があるどころか、人口対比は年齢とともに単調増加しています。
69歳の壁の正体は、戦争による人口減だったのです。このように、この連載で繰り返し重要性を強調してきた「データを通して実体を見る」という信念は、我々人間に生来備わっている厄介な直感を抑えることにも役立ちます。
また、ここに挙げたような人口構成に限らず、地域別の人口分布など、国の基礎的な状況を表す数値がぼんやりとでも頭の中にあると、マーケティングデータを見るときに便利な場面が多くあることも付け加えておきます。
我々がデータを見るとき、特にそれが苦労して収集・蓄積・処理したデータであればあるほど、何としてでもそこからビジネス成長の機会を見出そうとしがちです。もちろん、単にデータを可視化するだけでも、場合によっては多くのコストが掛かりますので、それは当然のことです。
しかしその時、直感という厄介な働きをするものが備わっているということを忘れて功を焦ると、上述したような間違ったビジネス機会を捉えてしまう危険性があります。そしてそれに気づかず、間違ったビジネス機会を狙った施策にコストを掛けてしまえば、無意味なデータ分析にコストを掛けた上に、無意味な施策にコストを掛けてしまうという二重の悲劇が起こってしまうのです。
そのようなことを防ぐためのひとつの心掛けとして、これまでもこの連載でお話した、「データを通して実体をみる」ことがあります。そしてもうひとつ、単純なことではありますが、人口構成や人口分布、人口動態といった、一般生活者の基礎的な状況を表す数値を頭に入れておくことも、そのような間違った解釈を防ぐのに役立つということを、今回紹介させていただきました。 次回、連載第6回も、引き続きデータとビジネス機会との関係について、今回とは少し違った視点からお話したいと考えています。
次回も、マーケティングの現場で役立てていただけるような記事をお届けしますので、ぜひご期待ください。
第1回:マーケティングとDX
第2回:マーケティングの意思決定とKPI
第3回:マーケティングの意思決定とKPI
第4回:消費者理解のためのデータ活用
第5回:データとビジネス機会の関係
第6回:数式の果たす役割
第7回:意思決定とデータ
第8回:データによる結果と確率の推定
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