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本記事は、2021年11月に3回にわたり開催された、経済産業省 中部経済産業局主催「DX推進ワークショップ」の講義内容に基づき、新たに本メディア向けにお話するものになります。
※中部経済産業局主催「DX推進ワークショップ」の開催レポートはこちら
前回は、DXの話をする際にあえてテクノロジーの話をしない理由をお話ししてから、そもそもDXとは何かについて考えました。そしてどちらも日本企業の苦手とするところに話が結びついていったのでした。
今回は、DXとこれまでのIT活用とはどう違うのか、また違うからこそ、ESGという概念と親和性があることについて話していきたいと思います。
Windows 95が出て、それまでは大学などの研究機関や軍関係で主に利用されていたインターネットを一般の企業や人が使うようになりました。Windows 95自体は既に存在していたMac OSやUNIXワークステーションと比較して、何ら目新しいものではなかったのですが、一般人向けのPC OSがインターネットと簡単に接続できるようにしたことが画期的だったのです。もっと言えば、インターネットのベースとなる技術も1970年代からあったわけです。
スマートフォンは、私たちの生活を大きく変えましたが、携帯電話、ウェブブラウザ、デジタルカメラ、そしてポータブル音楽プレイヤーという既にあった技術を組み合わせただけのものでした。強いて言えば、タッチパネルは画期的でしたが。
AIに関して言えば、2012年の「グーグルの猫」以来、ディープラーニングなるものが一般の人々にも知られるようになり、その可能性への期待が大きく世の中を変えました。しかしそのベースとなる多層ニューラルネットワークについては、1980年から研究されてきたものですし、ディープラーニングの先駆的研究と言われるネオコグニトロンは1979年に最初の論文が発表されたものです。したがってテクノロジーの進化というよりは、ハードウェアが圧倒的に速く安くなったことで成し遂げられたことだと言えます。
つまり、この数十年間で、確かに技術的な発展があり、世の中はどんどん便利になりましたが、画期的・飛躍的と言えるテクノロジーの革新があったわけではないのです。どちらかと言えば技術的に地道な積み重ねがあって、それで世の中が変化したのです。
これで、民間人が当たり前に宇宙旅行に行けるようにでもなれば、あるいはナノテクノロジーが発展して細胞や血管のレベルでの治療が可能になれば、画期的なテクノロジー革新であり、それだけで価値を持ち得るでしょう。しかし、この30年ぐらいのテクノロジーの進歩は、それだけで価値を持ち得るようなものではありませんでした。
しかしそれでもWindows 95やiPhoneのように、それを発売した企業に圧倒的利益をもたらした製品が登場してきました。なぜこれらの製品は大成功したのでしょうか? ちょっと考えてみてください。
DOORS編集部 それまでとユーザーインタフェースが大きく変わったからではないでしょうか。使いやすく、便利になったから。
惜しいですね。もう少し・・・。
DOORS編集部 UIもですが、UXが大きく変わったから。Windows 95で言えば、それまではコマンドを打ち込むのが中心だったPCユーザーに本格的なGUI(筆者注:その前のWindows 3.1はまだコマンドベースのMS-DOSを引きずっていた)とインターネット体験をもたらしました。iPhoneはそれまで4つもの機械でバラバラの操作をしていたのが、1つの機械にまとまった上に、タッチパネルの統一的な操作で使えるようになった。その上、アプリをインストールすれば、どんどん機能が拡張される。そういうことが1台の機械でできるようになって初めて得られた体験や将来への体験の期待が膨らんだから、爆発的に普及したのではないかと思います。
素晴らしい。その通りだと思います。あとiPhone、あるいはスマホについては、持ちつ持たれつの関係でSNSが同時に発展していったのも大きかったのではないでしょうか。ふだん持ち歩く機械を通じて、人と人とがいつでもどこでも繋がることができる――これは人類史上初めての体験でした。
つまり技術を体験価値に変換することが、ビジネスを成功に導く上でとても重要な時代になったということなのです。ちょっと青臭い言い方になりますが、「困っている人に喜んでもらえたり、生活に新しい彩りをもたらしたりする」ことがビジネスの成功要因になったわけです。とはいえ、元来ビジネスは人々が抱える課題の解決や利便性の提供により成立するものですが、その本質的な面が失われがちということかもしれません。
どういったことで人の役に立つのか、人を喜ばせるのかが、各企業のミッションやビジョンであり、その結果もたらされるものがバリューなのです。あるいは、ミッションやビジョン、バリューなどを一括りにして、企業の存在意義、すなわちパーパスなどとも言ったりします。MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)やパーパスの実現のためにデジタルテクノロジーを上手に活用することがDXだと言ってもいいぐらいです。
だからこそ前回も強調しましたが、「DXとはIT活用」のことなどというプロダクトアウトな発想ではDX推進はできないのです。マーケットインというより、人間主体、生活者中心で考えていかないといけないということなのです。
「社内業務」と「顧客接点」のそれぞれのDXがあって、どちらが重要と言うよりも、両方のバランスを取ることがより重要というお話を前回しました。人間主体という意味でも、やはり社内業務のDXも忘れてはいけません。
というのは、すごく単純な話で、デジタル活用の価値を実体験していない超アナログ社員に、「デジタルで人の役に立つアイデアを出して」といっても、それは非常に酷な話だからです。自分が価値を感じていない、何が嬉しいかわかっていないのに人を喜ばせるのはとても難しいことです。エンタメ系の人たち(ミュージシャンでもお笑い芸人でも役者でも何でもいいのですが)は、自分自身が音楽やお笑いやお芝居で楽しんだ経験があるからこそ、人を楽しませることができるわけです。ビジネスも本来それと同じで、自分がワクワクしないことで、人をワクワクさせるのは無理だと思うのです。
だから社内プロセスをもっと社員第一に考えてデジタルシフトしていくことも、デジタルを活用して顧客体験を変えることと同じくらい重要だと思います。。そしてそれはIT部門の役割だとも述べました。
しかしIT部門は他にもやることがたくさんあって大変です。どうしたらできるでしょうか? 前回の復習になりますが・・・。
DOORS編集部 やらなくていいことをやめて、やらないといけないことにリソースを割くことです。
はい。日本企業にとってはとても難しいことですが、それをやらないといけないということです。もはやお役所が判子は要らないと言っている時代に、つまり印鑑の法的根拠がなくなっているのに、どうして社内に判子を残す必要があるでしょうか。取引先だって本当はいちいち紙に印刷して判子を押すなんてことはやりたくない人のほうが多いのです。だったらみんなでやめればいい。
「みんなでやめる」というのがとても重要で、中途半端にやめたり残したりするのはむしろ以前よりも煩わしいことになってしまいます。ここは現場任せにせず、経営陣が思い切った判断をする必要があります。
今後は、リスクマネジメントの観点から情報セキュリティや法規制への対応などやることは年々増えるばかりです。人的リソースが年々減っていくなかで、新しく始めることと同じくらい「やめること」を増やしていくことが、企業にとってDXを進める突破口になると思います。
DOORS編集部 コロナ禍でリモートワークが一気に進んだと思ったら、コロナが落ち着くとともにまた元に戻りつつあるような気がします。やらないでいいことをやめるのが難しいのが、DXを妨げているという意見には賛成なのですが、それ以外にも日本人のリモートよりも対面が好きという心性もDXを妨げているような気がします。
それは私も感じます。わざわざ訪問してくれる営業に心情的な親近感を抱いたり、「おもてなし」を大切にする日本の伝統的な価値観は、時にビジネス的な価値に対して過剰な労力を必要としてしまいます。
これはあくまで私の仮説なのですが、日本人がそのような心性を持つに至った理由に日本の国土が狭さが影響しているように感じます。。
例えば、アメリカならニューヨークとロサンゼルスの移動は飛行機で片道約6時間かかります。一泊二日の出張なら現地滞在時間はごくわずかになります。。オーストラリアの炭鉱やパイプラインは都市部から1000キロメートルを超え、一日では移動できない距離だったります。しかしこれが日本だと、東京から沖縄まで飛行機2時間半もあれば行くことができ、東京〜新大阪間の新幹線と同じぐらいの時間で行けるわけですから、がんばれば日帰り出張ができてしまうわけです。
ところが海外では、国土の広さと交通網の整備状況から時間と空間の制約が日本と大きく異なります。つまり、そもそも人と人が会うのは大変なことだという前提のなかで、、社員が分散していても何とか業務を遂行しよう、そのために便利な仕組みを作ろうという発想は必然なわけです。コロナ禍の影響に関係なく、そもそも顔を会わさなくても仕事が進むように、システムもルールもあらゆることが整備されています。この考え方は社内業務の仕組みだけでなく、顧客向けのビジネスやサービスにもおのずと反映されているはずです。
DOORS編集部 海外の企業では人と顔を合わせることはしないのですか? 顔を合わせることは重要でないという考え方なのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。人と顔を合わせること、リアルな現実を肌で感じることの重要性は海外でも同じです。そうでなければ、アメリカの大統領がわざわざ日本に来たりする必要性などまったく無いことになります。むしろ人と顔を合わせることの重要性は、めったに会えない海外の人のほうがよく知っていると感じることさえあります。
人間関係を構築するためにはやはり同じ場所で会うことが大切です。だから海外の特にグローバル企業ではリーダーシップミーティングがとても重要視されています。マネジメントクラスが年に数回会う会議で、そこでワンチームになることに彼らは非常にこだわるのです。例えば運動会みたいなレクリエーションが必ず行われます。大のおとな、それもエグゼクティブと言われる人たちが真剣にゲームに取り組むのです。そのためのプログラムも数え切れないほど存在します。
日本でもチームビルディングと称して、合宿的な集まりにレクリエーション要素を取り入れるようになりましたが、ふだんから会えていることもあって、気分転換程度に捉えている人が多いようで、海外の人たちの真剣さには及びません。
いずれにしても、人と人が会うことに対する前提の違いはハッキリしています。海外では「次はいつ会えるかわからない」が前提ですが、日本では「いつでも会える」が前提です。したがってリモートワークやリモート会議のシステムやルール策定などへのお金と時間のかけ方がまったく違ってきました。日本ではコロナ禍になるまで、そんなことにお金をかけようという発想が足りなかったと思うのです。
しかしこれからは労働人口が減少する中で、身近な環境だけでは人材確保が困難になり、離れた地域の人がリモートで共働するのが当たり前になるでしょうし、フリーランスも含めた外部リソースとも共働するようになるでしょう。それでも足りなければ、AIの自動翻訳なども活用しながら、海外の人と共働することもあり得るでしょう。
日本でも人とすぐに会えるという前提は崩れていくため、時間と空間の制約を取り払った仕事のやり方にこだわることが重要になります。それがデジタル技術の活用のもっとも分かりやすいといえます。その考え方を、顧客や消費者へのサービスまで拡大解釈していくことが「デジタイゼーション」を超えた「デジタライゼーション」や「デジタルトランスフォーメーション(DX)」につながります。
実はあまり難しく考える必要はありません。社内の業務以上に皆さんは一人の消費者として日常生活はスマホを中心に既にデジタル化が進んでいます。この日常的な体験や利便性を社内に応用して持ち込むことで、格段に発想は変わるはずです。
DOORS編集部 関口さんから見てDXがうまくいっている会社の特徴はありますか?
コンサルタントとして、企業の変革支援を20年やってきた経験から言いますと、DXに限らず変革がうまくいっている会社は、自分たちがやっていることをことさらに変革と言わない傾向があります。
DXの頂点は前回申し上げた通り、「新規デジタルビジネスの創出」です。だとすれば、FinTechなど「○○テック」を事業としているベンチャー企業は、最初からデジタルビジネスやっていて、世の中のDXをやっているわけで、そういう会社が「我が社の事業はDXです」などと言うのはナンセンスの極みです。
大手企業のDXも同様で、ヤフーや楽天といったデジタル上でのサービスが基幹事業となっている企業の社内で、社員が「うちのDXプロジェクトは・・・」などと言っているのを聞いたことがありません。 社員は社員で、自社のサービスが日に日にアップデートし、より顧客に喜ばれている実感があるわけで、それをことさらDXなどと呼ぶ必要性もないのです。
だから先ほどの質問に答えると、「デジタル技術の小さな取り込みが日常化できていて、ことさら改革や変革だと騒ぎ立てていない会社」ということになります。ほぼ、DXが不要な会社の定義とも言えますが。
そもそも変革というのは大手術です。痛みを伴うことが普通です。したがって「日本中の企業が今こそこぞってDXに取り組みましょう」という昨今の状況は、「みんなで、入院して、大手術をしましょう」と言っていることに等しいわけです。大手術ということは、大怪我か大病を患っている状態ということですから、これまで放置してきたことを一気に解消しようとしているわけです。それが日本全体で行われているとしたら、かなり「ヤバい」事態だと思いませんか?
だから私は、DXという言葉が聞かれなくなる日が一日も早く来るようにと願ってやまないのです。
DXという危機感を煽る言葉で日本全体を覆うことが実は今一つ好きになれない私にとっては、DXよりもESGをがんばりましょうというほうがしっくりきます。実はESGに一生懸命取り組むことが自然とDXに繋がると考えています。
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DXにおいては、デジタルテクノロジーの採用が重要なのではなく、それによってデータが効率的に収集できることが大きな恩恵です。しかし目的もなくデータを集めても意味がありません。ESGにおいても実はデータが重要であり、ESGに取り組むことで、データを収集する目的やアウトプットが明確になります。
ESGにおいてデータに求められる要件は大きく3つあります。1つ目は、市場への説明責任として情報開示が絶対条件になることです。機関投資家対策だけでなく、社会への説明責任です。そのためにはデータに基づいたクリアな説明ができなければなりません。
2つ目は、1つ目と関係しますが、既存の業務システムや会計システムからは得られない非財務情報をデータ化することが重要ということです。例えば人的資本に関する情報の可視化などがその例です。
3つ目は、課題に対して迅速な対策を打つためのデータドリブンな経営環境や企業カルチャーを用意することです。
MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)やパーパスという観点から、上の3つの要件が重要であることはくどくど説明する必要はないでしょう。DXにおいてMVVやパーパスが重要ということであれば、ESGはそれらを見直すきっかけも与えてくれます。
ESGにおける一番のキーワードは「情報開示」です。Environment、Social、Governanceのそれぞれについて情報開示が求められます。 CO2排出量のスコープ3に代表されるように、求められる情報開示に使うことのできるデータは業務現場の末端データに及びます。つまり、データの種類の幅、精密さが求められており、業務のDXやサービス変革に利用するデータとしてもすぐれています。またESGでは、データドリブンなマネジメントが求められるわけで、これもDXの1つの目的としてふさわしいものだと言えます。
つまりESGを単なる市場・投資家からの要請や規制対応への取り組みと考えるのではなく、本来的な目的である企業価値を高めるための取り組みと捉えることができれば、ESGに取り組むことでDXも推進できる一石二鳥の効果があるということになのです。
特に昨今の話題の中心となっているCO2排出量削減に向けては、業務オペレーションやサービスモデルを抜本的に見直すことが求められています。例えば、物流ひとつをとってもスピード重視の空輸と燃料効率のよい陸運・海運を選んだり、配送のサービスレベルの調整によって輸送力を抑制したりと、これまでの前提を置き換えることが大切です。また、日々燃料コストや人件費は高騰していますので、これに対して継続改善をしつづけなければなりません。それには、ESGの情報開示を目的に収集したデータの利活用が大きく貢献するはずなのです。
過去のCSR活動やSDGsの取り組みとは大きく違っていて、ESGは新たなビジネスチャンスととらえることがとにかく重要です。そのうえで、ESG経営に必須であるデータを武器にDXを進めることのほうが、社内の業務プロセスのIT化やサービスのWeb化といったデジタイゼーションを超えた大きな成果が得られると思います。
この記事の続きはこちら
変革プランナーにとってのDX推進の急所〜第3回 変革プランナーにとって必須のスキル〜
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