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本記事は、2021年11月に3回にわたり開催された、経済産業省中部経済産業局主催「DX推進ワークショップ」の講義内容に基づき、新たに本メディア向けにお話するものになります。
※中部経済産業局主催「DX推進ワークショップ」の開催レポートはこちら
企業の変革プランナーの方々向けに、DX推進の急所中の急所を伝える連載の第4回(全5回)です。
第1回はDXとはそもそも何か、第2回はDXとIT化の違い、そして第3回はそもそも解くべき課題とはどういうものかを説明しました。
今回は、前回出てきた課題をイシューツリーで分解することによって得られた副課題をさらに深掘りしながら、DXの本質的な課題に言及したいと思います。
前回出てきた課題は、「①目指す姿やDXのテーマが描けない」、「②DXを推進する人材・組織・カルチャーが整っていない」の2つでした。
このうち課題①をイシューツリーで分解した結果、取り組むべき課題の候補として、「DXは必要だが言語化・具体化できない」、「DXの目的や狙いが社員に理解・浸透していない」という2つの副課題を抽出することができました。
中部経済産業局主催の「DX推進ワークショップ」では、どちらもさらに深掘りしたのですが、今回は紙幅の都合で、「DXは必要だが言語化・具体化できない」だけを取り上げることにします。
この副課題について前回記事を参考にしながら、イシューツリーを2階層ほど深掘りしてください。ちなみに正解はありませんので、答えが違っていてもなんら問題はありません。自分の頭で考えてみることが大切です。
私たちが深掘りしたのが、上の図となります。まず「デジタルで何ができるかわからない/わかる」で分解しました。デジタルで何ができるのかわからないのであれば、それは調査したりわかる会社に相談したりすればいいだけなので、これ以上深掘りはしません。
「デジタルでできることは事例等からわかるが、それを自社に置き換えられない」というのは根が深そうなので、さらに分解します。すると「事例を当てはめたときの、自社における効果がイメージできない」と「ある程度効果が出そうなことはわかるが、どうすれば自社に適用できるかわからない」に分解できました。
実際の取り組みでは、「ある程度効果が出そうなことはわかるが、どうすれば自社に適用できるかわからない」については、適用できる会社に相談すればいいだけです。
もし「デジタルでできることは事例等からわかるが、それを自社に置き換えられない」が自社の課題であったとしたら、それをさらに深掘りしていくことになります。
その進め方についてはもはや想像が付くでしょうから割愛して、ここで1つ日本のDX推進における本質的な課題が見えたので、それについて説明していきたいと思います。
デジタルでできることは事例等からわかるが、それを自社に置き換えられない――自社でこのような分析結果が出たとしたら、それを見た経営者はおそらく愕然とすることでしょう。どうしてでしょう?
DOORS編集部 変革プランナーに任命したような、ある意味経営者が優秀だと思っていた人が、「自社のことが良くわかっていません」と言っているのに等しいからではないでしょうか?
その通りです!例えば自社の強みがわかっていれば、それを伸ばすためにはどうするかを事例から学ぶという形になるはずなので、このような課題は出てきませんからね。しかしこのような会社は、実際にとても多いのです。なぜそのようなことになってしまうのでしょうか?
よくある原因の1つが「顧客に聞いていない」、「聞いてはいてもデータ化できていない」ということです。
多くの会社が、自社のオペレーションの悪さとか、どこにコストが掛かっているかといったことにはすぐに回答できます。しかし自社の商品・サービスのどんなところが顧客に本当に喜ばれているのかを知っている会社は少ないのです。だから何をすれば顧客に喜ばれるかもわかりません。
その結果、多くの会社が自社のオペレーションの効率化やコストダウンには一生懸命取り組むのに、顧客が喜ぶことには熱心に取り組まないのです。「いや、我が社はお客様第一だ。効率化やコストダウンよりも喜ばれる商品・サービスの開発にカネを掛けている」というかもしれません。しかし実態はどうでしょうか。
例えば、利益低下の原因を探ったら、物流コストが増大していたからだとなったとします。ほとんどの企業がコスト増の理由など深く調べるまでもなく、まずは配送会社への値引き要求や配送経路の効率化、在庫量の調整などとにかく物流コストの削減を実現しようとするのではないでしょうか。
しかし物流コストが増えているのは実は顧客ニーズに応えていたからで、その結果顧客満足度が上がっており、リピート客がこれから増え始めようとしているのかもしれません。それなのに物流コスト削減策などを実施したら、せっかくの成長の芽を自ら摘み取ってしまうことになります。
顧客の声がデジタル化され、可視化されていれば、そんなことにはならずに済みます。同じ物流コストを見直すにしても、顧客ニーズに応えるための部分については、むしろ増額し、そうでないところは削減するといった手を打つことができるわけです。
ならばお客様の声を聞こうと、分厚いアンケートを郵送し、返信してもらおうとする会社が今でも多いのですが、それこそなぜここでデジタルを使わないのかと思わざるを得ません。デジタルなら、封緘して郵送する手間も省けますし、往復の郵送費も掛かりません。手間が掛からない分、より多くの人に送れます。LINE IDやメールアドレスを知っていれば、住所を知らない人にもお願いできます。集計も楽だし、データ化して入力する必要もありません。顧客側もイチイチ手書きしなくていいですし、ポストに入れに行かなくて済みます。アンケートをお願いする側もされる側も良いこと尽くめなのです。
「顧客の声」収集のデジタル化――などと言えば、本当に小さなDXですが、しかし効果はてきめんです。まずはこのテーマで取り組むのはいかがでしょうか。
中部経済産業局主催の「DX推進ワークショップ」で実際に出てきた課題では、「歩留まりを高めたい」というものがありました。「顧客視点で考えてください」、「目的・ゴールはコストカットや効率化よりも事業拡大で考えてください」といった話をしたあとでしたので、なぜそんな自社に閉じた「技術的な課題」を挙げてくるのか聞いたら、「実際に品質の差でコンペに負けることが多いんです」と教えてくれました。要するに目的は「コンペの勝率を上げたい」ということで、これはDXで取り組む課題だと言っていいものです。
ただ問題なのは、どれだけ品質が上がれば、どれだけ勝率が上がるかがわからなかったということです。圧倒的に勝つためには、このぐらいの歩留まりがあればということはわかります。しかしあまり現実的な数字とは思えませんでした。
品質と勝率の関係が可視化できていないからです。このようにDXができない理由を考えていくと、多くのケースで「可視化ができていない」という原因に行き着くのです。逆に言えば、目的(この場合は、コンペの勝率を上げたい)の達成には、何を可視化できていないかを突き止めて、その可視化を目指すのがDXの第一歩だと言うこともできます。
前回出てきた課題の2つ目は、「DXを推進する人材・組織・カルチャーが整っていない」でした。それを深掘りして出てきた副課題のうち、さらに深掘りすべきだったのは、「変革の経験値が組織に定着していない」というものでした。
これもイシューツリーを2階層ほど深掘りしてください。正解がないのと、考えることが大切なことは先ほどと同じです。
深掘りしたのが上の図になります。全体的に「A/not A」になっていませんが、これは階層が深くなるのを防止するために、省略したりまとめたりした結果です。また「形式知化されていない」が2箇所出てきていますが、実際のイシューツリーでは、このように重複してしまうケースもあります。あくまで考えるための道具ですから、MECEにならなかったとしても、「イシュー度」や「解の質」を高めるという目的が達成できればよいのです。
事実、DX推進における本質的な課題の2つ目がここまでで浮き上がってきました。それについて考えていきましょう。日本の人事制度の問題です。
日本の人事制度の問題として、「ジェネラリスト育成に重きを置きすぎる(幹部候補生はジェネラリストなど)」、「スペシャリストの待遇が良くなく、理系の専門人材が海外に流出する」と言ったことがかねてから指摘されていました。これを日本企業特有の「スペシャリスト問題」と呼びましょう。
スペシャリスト問題を解決すべく、日本でも従来のメンバーシップ型雇用(採用後に本人の志望や適性を見て配属先を決める雇用方式)だけではなく、ジョブ型雇用(必要な職務内容に適したスキルや経験を持った人を採用する雇用方式)を取り入れようという会社が増えてきました。
しかし私の考えでは、日本式のジョブ型雇用では、スペシャリスト問題は解決しないのではないかと思うのです。なぜなら、日本企業が過去何度もチャレンジしては失敗してきた「役割等級制度」の焼き直しに過ぎないように見えるからです。
元来のジョブ型雇用の根底には、社員に有意義な経験を提供する代わりに、社員には価値を生んでもらうという、会社と社員のWin-Winな関係があるのです。しかし日本企業はスペシャリストに、ただその能力を期待する(その仕事だけをやっていればいい)だけです。
マーケティングならマーケティングだけ、エンジニアならエンジニアだけやっていればいいとなると、得意なことだけやれるので楽といえば楽ですが、早い段階で成長が頭打ちになってしまいます。キャリアというものはケイパビリティの掛け算であり、左脳的な能力が第一なエンジニアであっても、デザインやアートといった右脳的な能力も持ち合わせていれば、市場価値はグッと高まります。
したがって会社側もエンジニアに右脳的な仕事を経験する機会を与えるべきです。その代わり、そのケイパビリティを会社のために使ってもらうと同時に、ノウハウも形式知化して会社の財産として登録することを要求して構わないわけです。
これはジェネラリスト育成とはまったく違います。コロコロと部門を異動させながら、それぞれで新しいことを学んでもらい、最終的には総合的な知識や経験を身につけさせる(ついでに社内外の人脈も膨らませていく)というのがジェネラリスト育成です。本来のジョブ型は、専門職種という軸はそのままで、様々な職務やプロジェクトを通じて、ケイパビリティを拡大していくというものです。会社と社員の向き合い方がまったく違うのです。
そしてDX推進においては、この「会社と社員の向き合い方」を変えるということが、実は決定的と言ってもいいほど重要なのです。
DXという文脈の中では、デジタル人材をどうやって育成・採用するか、社員のデジタルリテラシーをどうやって測るかといった、デジタル視点から人事が語られることはありましたが、もう1つの視点で語られてはきませんでした。
もう1つの視点とは、もちろん変革視点です。サスティナブルに変革できる会社になるためには、社員にどのような経験を積ませなければならないのか、どのような働き方が最適なのか、職務のアサインメントはどうするのか、そもそもどんな組織体系が良いのか、といったことがほとんど議論されないまま、ここまで来たのでした。
そんな中で、変革経験もなく、変革に失敗したら責任だけ取らされるとしたら、誰が変革プランナーなどやりたがるでしょうか?
期せずして出てきた感がありますが、今回述べたことは実際にDXにおける本質的な課題だと言っていいものです。
DXが進まない原因のほとんどは、自社の現実がしっかり可視化できていなからなのです。であれば、その可視化をDXの第一歩にすることは大いに検討の価値があります。
そしてDXに限らず変革は人がするものであり、日本企業は変革が苦手ということならば、会社と社員の向き合い方をまず変える必要があるのではないでしょうか。「DX人事」といったテーマでの活発な議論が求められています。
結果としてこうしたことが見えてきたことからも、課題解決には課題の深掘りが大切なことがおわかりいただけたのではないでしょうか。
もう1つ重要なことがありますので、それを今回の締めくくりといたします。
今回の課題には挙がってこなかったのですが、ある程度DXが進み始めると、部門間のKPIが矛盾して衝突することが起こりがちになります。例えば物流部門では物流コスト削減がKPIで、店舗では店頭在庫削減がKPIになったとします。物流コストを削減しようすれば配送回数を減らすのが効果的な施策となりますが、そうなると店頭在庫を減らしたら欠品率が高まることになり、売上や顧客満足度に悪影響が出るのは必須です。
実はこれは実際にあった事例です。だからコスト削減をDXの目標にしてはいけないとも言えますが、それ以前にDXを始めたことで、それまで成立していた部門間の微妙なバランスが大きく崩れる可能性があるということです。このことは頭に入れておくべきことです。
再びバランスを取り戻すように調整することは、経営陣にしかできません。経営陣が先頭になってDXを推進する必要はないとしても、このような重要な役割があることはしっかり自覚して、いつでもコミットできるように備えていただきたいと思います。
この記事の続きはこちら
変革プランナーにとってのDX推進の急所第5回 DXキャンバスとその使い方
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