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※本記事は、「日経ビジネス」に掲載された同内容の記事を、媒体社の許可を得て転載したものです。
https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/ONB/21/brainpad1210/vol3/
DXを成長戦略に不可欠なものと位置付け、着実に成果につなげている総合商社の伊藤忠商事。「地に足をつけたDX」を基本思想に、ビジネス起点・収益性重視の取り組みを展開している。また、一連の取り組みはブレインパッドというパートナーを得てさらに加速した。両社の連携では、顧客提供価値の一層の増大はもちろん、その先にあるSDGs、ESG領域の価値創造も視野に入れている。挑戦の経緯と描く未来像について聞いた。
※所属部署・役職は取材当時のものです。
一般的に総合商社は、原料や資材を調達し、メーカーや卸に販売するといったサプライチェーンの上流~中流に強みを持つ。その中で伊藤忠商事はやや異質な存在といえるだろう。消費者に近い下流領域に強みを持ち、市場ニーズを読んだ投資を積極的に行うことで多様なビジネスやサービスを創造・展開してきたからだ。
そんな伊藤忠グループの経営戦略を支えるのがDXである。2018-2020年度の中期経営計画では「商いの次世代化」を掲げ、DXの浸透と体制の確立を目指した。また、2021-2023年度の中期経営計画ではDXを前提とした成長戦略を掲げている。
DX戦略の全体像と現在のフェーズについて、同社の関川 潔氏は次のように語る。
「当社は生活消費分野、中でも情報産業ビジネスに強く、そこで積み重ねた知見は競合他社に負けないと自負しています。この体制をさらに盤石にするため、2018-2020年度の中期経営計画ではビジネス全領域のデジタル変革推進とグループ横断のDX推進体制・環境の構築に取り組みました。また、新しいビジネスモデルの創出に不可欠な産業横断の取り組みを加速するため、グループ各社および外部ベンチャー企業との連携も推進しています」
その後、2021-2023年度の中計ではDXを前提とすることで、新たな成長ステージを目指している。顧客を知り、課題解決を支援するマーケットインの方向性のもと、その実現手段としてIT・デジタル技術を駆使する。「技術の活用が目的化しては本末転倒です。あくまでビジネスありきで、収益性を重視する。これを当社は『地に足をつけたDX』と呼び、基本思想としています」と関川氏は言う。
この「地に足をつけた」という表現は示唆に富んでいる。分かってはいても、無意識のうちにDX自体が目的化してしまうケースは少なくないからだ。
「『変化が必要だ』と思っても、実体験が伴わなければ自分ごと化はできません。そこで当社は、DXでビジネスや稼ぎ方が変わる先行事例をつくることが重要だと考えました。取り組んだのが、サプライチェーンの最適化です。一足飛びに新規ビジネス創出を狙うのではなく、まずは既存ビジネスの収益改善を事例化し、足掛かりにすることにしました」(関川氏)
サプライチェーンの最適化を進める際、パートナーとして選んだのがデータを活用したDX支援企業のブレインパッドである。
「DXは経営意思決定にかかわるプロジェクトです。1つのボタンの掛け違いで、足並みが大きくぶれてしまうため、真の信頼関係が築けるかどうかはとても重要でした」と伊藤忠商事の海老名 裕氏は述べる。また同社は、将来的にDXの「内製化」を図りたいと考えている。そのための人材育成を含め、長期間、持続的に支援してもらえるかもパートナー選定のポイントだったという。データサイエンスに関する知見やノウハウ、実績なども加味し、最終的に選んだのがブレインパッドだった。
一方のブレインパッドも伊藤忠商事の思いに強く共感した。両社が出合った2018年当時、世の中ではAIが一大ブームとなっており、ブレインパッドも多くの顧客プロジェクトを支援していた。だが、❝How(どうやるか)❝はあっても、❝Why(なぜやるか)❝や❝What(何をやるか)❝が欠けているため実益に結びつかないケースは多くあり、歯がゆい思いを抱えていたという。
「どうすれば、データサイエンスの力で世の中により大きなインパクトを与えられるのか。壁にぶつかっていたとき、伊藤忠商事様から相談を受けました。これだけの大企業が、強い思いを持って収益性重視のDXに取り組む。その思いを目の当たりにして迷うことは何もありませんでした」とブレインパッド代表の草野 隆史氏は振り返る。
こうして両社の取り組みはスタートした。様々なプロジェクトが進行中だが、現在までの成果の代表例が「食品サプライチェーンDX」の一環として取り組む発注自動化の仕組みである。
伊藤忠グループの企業における食品、日用雑貨などの配送、在庫、物流にかかるコストは年数千億円規模になる。これを仮に1%でも改善できれば、収益に大きなプラスインパクトを与えられるだろう。また輸送時のCO2削減や、在庫適正化によるフードロス削減などはSDGsへの観点でも意義を持つ。「そこで我々は、このプロセスにAIを適用することで、業務の自動化とムダの解消に取り組むことにしたのです」(関川氏)。
具体的には、伊藤忠グループである食品卸の日本アクセスの在庫・入出荷データ、小売の売上・発注データ、および天候・カレンダー情報などのデータを機械学習にかけて需要予測を実施。結果を基に商品を自動発注する仕組みを実現し、在庫の適正化や発注作業の負荷軽減につなげた。これにより在庫は最大3割、発注業務は5割減らせているという。「日本アクセスは特定の小売向け常温商品だけでも1800品目を扱っています。この規模の食品卸会社がこれだけの効果を上げた例は、業界でも珍しいと思います」と海老名氏は強調する。
とはいえ、これは各事業会社にとっては未知の仕組みである。そのため、取り組み開始に当たっては、データを提供することの必要性や想定メリットについて、現場に粘り強く説明を繰り返したという。「関川様、海老名様の尽力のおかげで、変革にかける思いを事業会社の皆様に共有いただくことができました。DXにおいてデータ活用は必須の取り組みです。その思いをしっかり現場と共有できたことが、成功の要因だと考えています」とブレインパッドの関口 朋宏氏は説明する。
伊藤忠商事がブレインパッドに寄せる期待は大きい。そもそも伊藤忠グループには伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)というシステムインテグレーターがあり、社内のデジタル化もCTCが中心となって進めてきた。ただ一方で、データ活用やAIの運用においてはより高い専門性を持つパートナーと組むことが重要だと伊藤忠商事は考えている。
「当社が目指す内製化は、自社やグループ企業だけでなく、ブレインパッドなどの外部パートナーとの連携も含めたものです」と関川氏。ゴールを共有し、強い信頼関係で結ばれた多様なパートナーと組むことで、DXを加速していくという。
伊藤忠商事とブレインパッド、両社が掲げる今後のビジョンのキーワードが「3階建て」だ。1階はサプライチェーン最適化を含む、伊藤忠グループ内のDX。2階はグループのIT・デジタル企業群とデータサイエンスの掛け合わせによる新ビジネスの創造。そして3階は、1階と2階の取り組みをレバレッジして、社会により大きな価値を提供する新事業の立ち上げを指している。
1階部分は実用化が進んでおり、2階はCTCや同じく伊藤忠グループのベルシステム24などとの協業を鋭意推進中。2022年度内には何らかの成果を形にする計画だ。
「3階の取り組みは少し先ですが、単に収益改善やビジネスモデル変革を狙うのではなく、社会課題の解決に貢献することを強く意識したい。SDGsやESG経営に資する取り組みにおいても、ぜひブレインパッドの力を借りたいですね」と関川氏は話す。
このSDGs、ESG領域の取り組みは現在、世界中の企業・組織の重要ミッションとなっている。例えばカーボンニュートラルの一環として、サプライチェーン上で排出されるCO2を削減する動きはその例だ。先に紹介した通り、伊藤忠商事とブレインパッドはこの領域の取り組みを既に進めている。残念ながら日本は後れ気味だが、サプライチェーンの川上から川下までにタッチポイントを持つ総合商社がどう取り組むかは、現状脱却の1つのきっかけになるだろう。データによる現状可視化が、そのすべての起点になる。
「あるデータから気付きが生まれ、次のビジネス機会創出につながることもあります。例えば貧困問題の解決などはこれまでビジネス化が難しかったことの1つですが、データをつぶさに見ていくことでビジネス化、収益化の糸口がつかめるかもしれません。まずはサプライチェーンのデータ活用を多面的に進めることで、その先の可能性を広げられればと思います」と関口氏は言う。
また草野氏は次のように続ける。「総合商社が持つ長いバリューチェーンは、それだけで大きな価値になります。個別最適と全体最適、両方の視点でものを見ることが可能で、かつノウハウを横展開できるからです。そこにデータサイエンスを組み合わせることで、SDGs、ESG領域の後れを取り戻すことができるかもしれない。伊藤忠商事様との取り組みを通じて、その手応えを感じています」。
2020年11月に伊藤忠商事はブレインパッドと資本業務提携を結び、取り組みを一層強化していく体制を整えた。今後も、自社・グループ各社のビジネス成長のみならず、外部企業、さらには日本全体におけるSDGs、ESG経営の推進にも貢献していくという。データサイエンスの力が、その強力な推進力になることは間違いない。
※DXについて詳しく知りたい方はこちらの記事をお読み下さい。
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